お手伝い
今日は中学の時に部活でお世話になっていた先生のお手伝いに行ってきました。
といっても、部活を見に行っただけなんですけど…。
私が彼ら(吹奏楽部員)に会ったのは9月。
半年ぶりの再開だったわけですが…。
中学生って半年でだいぶ変わるんですね。
ちょっとビックリしました。
お手伝いには私だけではなく、中学の時の後輩であり、現在音大生の子も来ていました。
そして、その子の友達の音大生も。
私なんて一般大学生なので役に立つのか?と思いながら一緒にいましたが…。
なんだか懐かしさを感じました。
先生のお話。
「何のために音楽をやっているのか?」
「一緒に演奏している人との関係」
「この曲の原曲を聴いてどう感じたか?」
私が"心から"音楽って楽しいと感じたきっかけは、当時の吹奏楽部員とこの先生との練習・演奏でしたからね。
技術とかうまい・へたじゃなくて、気持ちでした。
うまくなるためには技術も必要だし、人に聴いてもらうにはある程度の所まで達しないといけない。
でも、それを超える何かがあれば、ある程度ヘタであろうが、技術が足りなかろうが、カバー出来ると思う。
というか、どんなにうまくても技術がすごくても、気持ちのない演奏なんて、ロボットが演奏しているのと同じ。
人であるから「音色」が出せる。
人であるからいろんな感情があるんだと。
忘れかけていた音楽に対する気持ちを思い出しました。
「ありがとう」
この言葉がどんなに大切なモノかを思い出しました。
人をけなしたり、嫌ったりするのは簡単なこと。
でも、人に信頼してもらうこと、人を信頼することは簡単なことではない。
ちょっぴり昨日の発言を反省しました。
クラスのみんな、ごめんなさい。
まとまりがなくてもひとりひとりはきっといいところがあるはずだもんね。
そして、ちょっと驚いたことを一つ。
新聞に載ってた話らしいんですけど…。
給食の時にみんなで「いただきます」をするのはおかしい。
自分たちでお金を払っているんだからそんなことをする必要はない。
これについてどう思いますか?
この意見に賛成の人がいたことに私は驚いたんです。
栄養士過程の学校に行っているものとして意見を少し…。
「いただきます」は何のためにするのか?
まず第一に「イノチをいただきます」という意味なんです。
こういう風に考えるのは嫌だと思う方もいるかもしれませんが…。
普段私たちが口にしているモノ。
それは全て生き物なんです。
豚肉・鶏肉・牛肉だけではありません。
植物だって生き物です。
地に根を生やし、水と光・土の中の栄養によって大きく育っていきます。
それらの大切なイノチ達が私たちの栄養になり、体を動かす力となってくれてるんです。
そして第二に「感謝の気持ち」です。
食べ物は消費する人がいる。
ということは、逆に生産する人もいるんです。
毎日、大事に大事に一つ一つのモノを育てる。
一つの食物を作るのにはとても長い時間がかけられています。
食物を育てる人。
食物を各店舗まで運送する人。
食物をそれを売る人。
食物を食品にする人。
私たちが食事をするまでにこれだけの人(いやっ、もっといるかもしれません)が、関わっているんです。
だから、「いただきます」という言葉はとても大切な言葉なんです。
いろんな人やものに感謝するためには必要な言葉なんです。
食事の前の「いただきます」。
これがどれだけ意味のあるモノなのか、もう一度考えてみてください。
…ごめんなさい。
長いですね。
そして、ついつい語ってしまいました。
一つの意見として受け止めてくれると嬉しいです。
そして、「いただきますなんていらない」と言う人が減ることを願って…。