名古屋大空襲で、名古屋の町は焼けた。名古屋城が焼けたのは有名だが、街中にあった工場も焼けた。
戦争末期には、大抵の工場が兵器や軍需品を作っていたからアメリカの空襲の標的になっていた。それに住宅地も焼けたのだが、工場近くの住宅地なのに不思議と焼けなかった地域が点在している。
そのような地域には、建築から70年以上経過した民家が並んでいる。そしてそのような地域には、昔ながらの近所付き合いや町内会などの活動が盛んだ。
さて、昨日はそのような昔からある地域に、お弁当の拡販チラシ配りに出かけた。
写真はその時見かけた「我が家は無事です」と言う玄関先に掲げる標識です。
この標識は、地震や台風・水害などの緊急時に、その家に人が外部に無事を知らせる看板で特に独居のお年寄りのお宅には、必ず備えられていると聞いた。
ここのような、古い町並みが続く地域ならではです。
