1本の電話。




言葉通りに受け取ればなんてことない内容だけど、いろいろ知っている相手だけに、言葉に隠された意図や相手の気持ち、その電話の後ろにいる人たちやバックグラウンドが容易に想像できてしまった。




言葉通りの意味で、明るく対応したけど。




そんなことはよくあることで、私だっていつも自分の気持ちとは違った言動をするし、みんなそう。社会でやっていくには必要なこと。じゃないと成り立たないし。




だけど、今回はちょっと悲しかった。




誰だって自分が一番大事。私もみんなも。わかってる。仕方ない。











ずっとずっと前、子どもだったころ。大人が、大人の社会が大嫌いだった。子ども同士の社会も嫌いだったけど。




たくさんのことを教えてもらって、たくさん助けてもらって、たくさんの人に育ててもらった。もちろんすごく感謝はしている。




でも、きれいな言葉に隠れた本心や保身的な姿、大人同士の微妙な関係性や力関係、組織というものの汚さ、そういうものが手に取るように分かってしまって嫌悪感を抱いた。




そして、私は、その汚く見えるもの以下の価値、重要性でしかないってことも。




大人になるくらいなら消えた方がいいとさえ思っていた。




大嫌いだった大人に自分もなって、ずっと経って、やっぱり子どもの私が感じ取ったものは正しかったと思う。




今は私もその一員。




あの時嫌いだった大人たちと何も変わらない。




でも、そうじゃないと、社会や組織の中で生きていけないんだと知った。自分を守れないと。




きっとあの時の大人たちも精一杯だったんだろうと、今なら思う。




今も昔も、みんな必死なんだよね。それぞれやり方や価値観、正しさは違うけど、この社会で生きていくために頑張ってるんだよね。




悲しんでも仕方ない。言葉のその先は、気づかなかったことにして、また頑張ろう。