被検体

 

体が重い。

いろんなところに違和感がある。

動かすことができない。

管が邪魔だ。

何の管だ?

 

体が揺れる。

乾いた布の感触が頬に触れる。

 

うっすらと目を開くと

病室の天井とカーテンが見えた。

 

「あ、気がついた」

 

誰かが呟いた。

それをきっかけに意識が鮮明になってゆく。

 

数人がかりで

病室に私を移動させている最中だったようだ。

 

口元には酸素マスクがかけられて

体の至る所に何かの管が通されている

ベッドの横には心電図のモニター。

首のあたりに布団が押し込まれるのを感じる。

 

お腹が痛い。

 

仰向けに寝かせられそうになるが

蹲りたい。

 

恐らく自然界の動物も

傷や痛みがある場合は

患部を抱え込むようにして

蹲るのではないだろうか。

 

人間だって例外ではないはずだ。

 

それを無理矢理

直立姿勢の仰向けに寝かせようとしてくる。

苦痛だ。

 

横向きで蹲りたくても

色々な管が邪魔で

うまく体を丸めることができない。

 

お腹が痛い。

誰か助けてくれ。

 

周囲をぐるりと見回した時

担当医の顔が目にとまる。

 

目が合うと

はちきれんばかりの笑顔で話しかけてきた。

「手術はすごく順調に進んで

 とても素晴らしくて…」

手術に対する賛辞を並べ立てている。

何だか無性に腹が立つ。

 

モルモットにされている気分だった。

 

私の体は

あなたの勉強のために切り刻まれたのか?

後学のための実験体だったのか?

 

受けたくもない手術を

否応なしに受けさせたのは

あなたたちの研究材料にするためだったのか?

 

そのキラキラした笑顔を

切り刻んでやろうか。

 

そんな気も湧いてきたが

何しろ体の自由が効かない。

お腹が痛い。

 

早くどっかに消えてくれ。

 

痛み止めの薬は効いているのか?

ものすごく痛い。

どうせなら

もっと意識を飛ばしておいてくれればいいのに。

 

そうしたら別の新たな検証データがとれたかもよ?

 

 

 

安眠

 

痛みで熟睡することができない。

そしてとても忙しかった。

 

うつらうつらと

やっと眠りについたかと思ったら

叩き起こされる。

 

パタパタと何人かがやってきて

身動きできない私の意志を置き去りに

服をはだけさせ傷を確認し

様々な検査を済ませて去ってゆく。

 

それが何度も繰り返される。

 

いつの間にか

足にも何かの装置がつけられていて

ふくらはぎに定期的に圧力を加えてくる。

 

その音も煩い。

 

痛みと訳の分からないいくつかの管のほかに

こんなものまで装着させられて

ますます体が不自由だ。

 

1時間おきか30分おきか

よくわからないが

嵐のような検査隊がやってくる。

 

眠ったと思ったとたん

叩き起こされるので

いい加減にして欲しかった。

 

あとどれくらい続くのかと思っていたが

明け方4時ぐらいの検査が最終だったらしく

そのあとは誰も来なくなった。

 

手術後12時間経過した

といったところだろうか?

なんにせよ

もう検査は不要になったようだった。

 

 

 

説明不足?

 

全身が怠く、悪心もある。

何よりお腹が痛い。

 

食欲は全くなかった

昼食は用意してもらった。

 

おもゆとコーンスープ。

 

無理にでも流し込んで

早く体力を回復させたい。

気持ちははやるが

ものすごく少量のそれらを

全て摂りきることすら出来なかった。

 

ただ腹を切り開いて臓器を取り出すだけなのに

何故こんなに全身に負荷がかかるのだろう?

 

足が固定されている圧迫装置は

自分で取り外すことが出来ないため

事実上ベッドに縛り付けられていることになる。

 

身動きが取れないので

当然トイレに行くことが出来ない。

 

膀胱に管が通されていて

それがとても不快感を呼ぶ。

 

歩くことも寝返りを打つことも難儀なため

仕方のないことだろうが

こんなこと手術前に説明されていない

 

質問しないと説明してくれないことなのか?

それともあまりにも当然のこと過ぎて

説明するまでもないことなのか?

 

こちとら人生初の手術を

無理やり受けさせられていて

どんなことを質問すれば

どんなことを応えてくれるのか

全く知らないんですが。

 

そしてとても喉が痛い

おそらく麻酔薬を喉から入れていた影響だろう。

ヒリヒリと乾燥している感じがして

声が出し辛い

 

それも聞いていないぞ。

質問しないと教えてくれないことなの?

知らない私が悪いのか?

 

なんだかとても不親切だな。

 

モルモットには

説明する必要はないということか?

 

午後には歩行練習が開始された。

手術後すぐに開始することで

回復が早くなる。

というのが最近の主流らしい。

 

回復が遅くなってもいいから

痛みが引くまで待つ。

っていう選択肢はくれない。

 

これも医療現場主導の方針を

患者側に押し付けてくる。

 

「最近の主流」ということは

以前は異なる医療方針だったはず。

 

医療業界全体が

患者を使った大規模な実験室に見えてきた。

 

だったらモルモット扱いされても仕方ないか。

苛立つのはナンセンスだな。

体に病巣を抱え込んだ私が悪いということか。

 

 

ガス

 

術後はガスを出すことが重要。

どんな影響で腸の動きが鈍くなるのか

私には皆目見当もつかないが

麻酔薬か何かが作用して

体の機能を低下させているんだろうな。

 

腸が正常に働くことで

体調が良くなることは分かる。

 

便秘だと色んな不具合があったりするもんね。

 

なので早急に私も腸の動きを活性化させて

さっさと回復したい。

 

だが、気持ちとは裏腹に

なかなかガスが出てこない。

 

ぐるぐると音が出るので

腸が働きだしているのは感じるが

ガスを体外に出すまでに至らない。

 

嫌いだった弾性ストッキングを装着させられ

その上から圧迫装置で固定されている足が

異様に痒い。

 

身動きを取れるようになって

早く弾性ストッキングを脱ぎたいのに。

 

起きられるようになって

早くひとりでトイレに行きたいのに。

 

私の腸は思うように労働を再開してくれない。

 

夕食が出されたが

気持ち悪くて食べる気が起きない。

ほとんど手を付けずに

片付けてもらった。

 

お腹と喉が痛いのと

気持ち悪いのと

うまく体を動かすことのできないストレスが

いら立ちを増幅させる。

 

目覚めたら全ての痛みと苦痛がなくなって

すっきりしてたらいいのに。