食欲

 

輸血する前はすべてのことが面倒だった。

怠くて起き上がるのも面倒だったし

食事をするのも面倒だった。

 

長時間座っていることもままならず

一日中寝ていろと言われたら

それが苦にはならなかったし

むしろそうさせて欲しいくらいだった。

 

しかし輸血後は様々な欲求が生まれてきた。

いわゆる「健康」に

少し近づいてきたら

状態が変化したのだ。

 

 

その一つが食欲

輸血前はあまり食欲がわかなかった。

 

怠くて体を動かしていなかったので

運動していないからお腹が空かないのだ

と思っていたが

どうもそうではないらしい。

 

基礎代謝」というものがある限り

何をしなくとも健康であればお腹は空くものだ。

 

だが輸血前はお腹が空かず

食べるのも咀嚼するのも億劫だった。

そうするだけのエネルギーがなかったのだ。

 

血液検査の結果

ひどい貧血だと告げられたわけだが

鉄分が足りないのなら

食事で補えばいいだろうと

入院してからは出される食事を

無理に押し込んでいたように思う。

 

しかし輸血後は

1食の量が足りなくて

次の食事までの間に

空腹感を感じるまでになっていた。

 

寝ているだけなのに。

 

さらに、食後にコーヒーが飲みたい

という欲求がたまらなくなった。

 

改めて言うまでもないが

輸血前は食事すらおぼつかなかったため

食後のコーヒーなど

飲む習慣があったことすら忘れていた節がある。

 

それが、食後にコーヒーが

飲みたくて飲みたくてたまらない。

 

談話室の自販機を見てみたが

季節柄売られているのはアイスコーヒーのみ。

しかし私が飲みたいのはホットコーヒー

 

一度発生した欲求は簡単に収まらない。

いつ退院できるともわからない状況だと

「あとこれくらい我慢すれば」的な

ご褒美感覚で我慢するのも難しい。

 

通りがかりの看護師さんを呼び止めて

ホットコーヒーが飲みたいと伝えたら

アイスコーヒーを買って温めてはどうかと提案された。

 

しかし談話室に電子レンジはないし

コンロも設置されていない。

そもそもカップも鍋も持ち合わせてない。

アイスコーヒーを買ったところで

ホットにするための手立てが一つもない。

 

買いに行くことは出来ないかと相談したら

外出許可は出来ないという。

 

食事制限はないと言いつつ

食べたいものを

飲みたいものを

買いに行くことも出来ない環境下に置くとは

何たる拷問か。

 

タルタロスに堕とされた

タンタロスさながらじゃないか。

そんなに罪深いことを

した覚えがないぞ。

 

仕方なく諦めて

ベッドで本を読んでいたら

他の看護師がやってきて

下のコンビニまで買いに行ってくれるという。

 

そんなことまでしてくれるとは有り難い。

これは本当にありがとう

 

念願のホットコーヒーにありつけて

私は満足だが

ただ単に外出許可して

買いに行かせてくれれば

事足りることではないのだろうか。

 

それに食事の度に

買いに行ってもらうのはやはり気が引ける。

何とかして心置きなく

ホットコーヒーが飲める環境を整えたい。

というか

退院させてくれ。

それが一番早い。

 

輸血したんだし。

 

 

思考

 

食事を摂り栄養が満たされて

思考が巡るようになると

周囲の環境も認識できるようになった。

 

私の部屋は4人部屋で

ベッドは満床。

 

ついさっきまでは

他の入院患者と看護師さんとの

ちょっとしたやり取りなど

聞いていても聞こえていなかった

今度は

聞くつもりがなくても頭に入ってくるようになった。

 

産婦人科病棟なので

産科、婦人科の両方の患者がいるわけだが

私以外の入院患者に関して

共通して言えることが一つある。

 

計画入院。

 

当然のことなのかもしれないが

入院日、手術日(或いは出産日)、退院日

が予め決められていて

その予定通りに動いている。

 

隣のベッドに入院する人は

私の滞在期間で3名いたが

それぞれ1週間ほどで退院していった。

 

その入れ替えも実に鮮やかで

金曜日の午前中に一人目が退院して

お昼の間に清掃を済ませて

午後には二人目が入院する。

無駄のないベッドコントロール!

 

病院の運営としては

とても理想的なサイクルなのだろう。

 

私は緊急搬送されて来たのだが

こんなに隙間なく入退院が巡っていくのを見ると

良く受け皿が用意されていたなと思う。

 

 

体調

 

自分の体の具合にも気が向くようになった。

体の節々に痛みを感じる。

その原因は寝すぎと

合わないベッドと枕の所為だと思っていたが

どうやら違うらしい。

 

まず足の痛みと痒み

これは入院時に着用するように言われた

弾性ストッキングによるものと判明した。

 

血栓予防とのことだったが

締め付けのきついストッキングで

圧迫されている膝回りが

痛くて痒い

 

サイズを間違えているのでは?

とも思ったがそうでもないらしい。

 

輸血前は全身の怠さの方が勝っていたので

気にも留めなかったが

今は締め付けが気になって仕方がない。

 

日中はまだいいが

就寝時には圧が気になってなかなか寝付けない。

この締め付けが逆に血栓促してないか?

締め付けられてるストレスの方が

体に良くないんじゃないか?

 

とかなんとか自分に言い訳しながら

就寝時、弾性ストッキングを

こっそり外して寝ることにした。

 

次に全身の凝り

何やら全身が強張っていて痛い。

特にどこが痛いのかを探ってみたら

どうやら左の脇腹だった。

 

そこには何があったのかというと

ポータルの心電計の電極

 

電極は

両鎖骨の下あたりと

左の第10肋骨あたりの

計3か所についている。

 

ずっと仰向けに寝ていると

腰や背中が痛くなってくるので

適当に寝返りを打ち

右向きになったり

左向きになったりしていたが

左向きになったときに

電極が体に食い込んで

痛みを発症させている模様。

 

例によって全身の怠さが勝っていた時は

その痛みに鈍くなっていたようだが

今は気になって仕方がない。

 

もう心拍数が

バク上がりすることも無くなったのだから

心電計外して良くないか?

ついていると逆に気になって安眠できない。

ストレスだ。

 

だが、そう思っているのは私だけらしく

心電計は外してはもらえないらしい。

 

枕も普段使用しているものとは

高さも硬さも違うため

首が痛く呼吸もし辛い。

 

家人にお願いして

いつも使っている枕と

もちもちクッションを持ってきてもらって

左を下にして寝るときは

クッションを脇腹に挟むことにした。

もちもちクッションのおかげで

電極による痛みは幾分か緩和した。

 

他にもいろいろと不自由はあったが

工夫して何とか安眠を得られる環境を整えた。

 

自宅で健康に過ごせることの

ありがたみをひしひしと感じる。

 

健康は最大の財産です

 

とある病院の健診センターのロゴにある言葉。

これは本当にそうなんだろうなと思う。