緊急搬送

 

昨日とはうって変わり

待合室のソファーはほぼ満席で

壁に設置されたTVの真下にあるソファーのみが空いていた。

他のソファーに座っている人たちと

向かい合わせで座ることになるため

誰も好んで座ろうとはせず

壁際に立っている人も数人いた。

 

さすがに立って待つのはしんどい。

待合室にいる人ほぼ全員に

見つめられているかのような感覚に陥るが

仕方なくそのソファーに座って

紹介状を待つことにした。

 

なかなか呼ばれない。

時間の流れが

ゆっくりと感じられただけかもしれないが

予想したよりも待つ時間が長かった。

 

どうにも体が怠くて横になりたい。

幸いこのソファーには私しか座っていないし

座りたがる人も他にいないだろう。

 

呼ばれたら起き上がればいい。

待つ間、少しだけ横になりたい。

 

そんな軽い気持ちで横になったのだが

クリニック側はこの状況を一大事と思ったらしく

看護師が駆け付け意識確認され

診察室から医師が出てきて

救急車を呼ばれる事態にまで発展してしまった。

 

意識ははっきりしているし

起き上がって歩けと言わればできなくないのだが

一度横になってしまったが最後。

座り直すことも許されず

寝たまま安静にするよう説得され

寝そべったまま会計をし

救急隊員に担架で救急車に運ばれた。

 

病院に着いてからは緊急搬送だけあって

素早く検査や処置が施された。

 

X線撮影に採血

止血剤と水分補給用の薬剤が入れられた点滴。

医師からの問診。

PCR検査。

 

ストレッチャーや車椅子に乗せられて

病院内をあちこち回り

それだけで酔いそうだった。

 

処置室の一画で点滴を受けていると

緊急連絡を受けた姉が病院に到着した。

姉の到着を待っていたのかのようなタイミングで

担当医となった医師が諸々の説明をしにやって来た。

 

このまま入院になるとのこと。

 

婦人科の検査はしていないため

詳細は分からないが

状況から鑑みるに

子宮筋腫または子宮腺筋症の疑いがあるとのこと。

 

貧血がひどく

あと数日放置していたら

命の危険があったこと。

 

今もその状況は変わらないため

緊急に輸血が必要であること。

 

手術又は投薬の治療が必要であること。

 

なるほど。

出血は

ゴールに向かうための祭りではなく

何かしらの病気が根底にあった。

 

体調不良は

ストレスによる精神疾患ではなく

肉体が病気を患っていた。

 

それさえ判明すれば満足だった。

 

貧血が原因であるならば

鉄分を摂取すればよい。

食事で何とかできそうな気がする。

もしくはサプリメントなどで対処できそうだ。

 

貧血が解消されれば

体調不良も治まるのならば

特別な治療は不要だ。

 

輸血を拒否し、帰宅を希望すると

ここは急性期の病院であるため

積極的な治療を施す病院であり

積極的治療を施せる状況にあるのに

このままの状態で帰宅させることは出来ない。

と、怒りとも呆れとも取れるような

厳しめの口調で叱られた。

 

言いたいことはごもっとも。

 

しかしながら

輸血をしてまで

手術をしてまで

薬漬けになってまで

生きながらえたいと思っていないこちらとしては

その思想は非常に迷惑でしかない。

 

肉体が死にたがっているというのに

無理やり延命処置を施すのは

とてつもない暴力のように思えるのだが。

 

今この時点で

この肉体の寿命が来ているのではないか?

私にはそう思える。

 

輸血をしなければ死ぬ。

 

そうであればそれで構わない。

しかし私の主張はどうやら聞き入れてくれそうもない。

 

だが病院側も

意識ががはっきりしていて

輸血を拒否している相手に対して

強制的に輸血する権限はない。

 

輸血に関しては平行線を保ったまま

入院手続きが進められて

私は病棟へと移動することになった。

 

入院するとは一言も言っていないのに

これは強制的に進められるんだな。

と、不思議に思った。

 

 

 

病室

 

私に用意された病室は4人部屋で

窓際のベッドがあてがわれた。

カーテンを開けるとわずかながら空が見える。

それがせめてもの救いだった。

10cmほどしか開くことは出来ないが

窓を開けることも出来そうだ。

 

ベッドに横になると

鼻から酸素吸入が行われ

ポータルの心電計がつけられた。

 

ほんの少しの間だけ眠ったような気がする。

時計を見ると

午後2時過ぎを指していた。

 

そういえば今日は朝から何も食べていない。

その割には動き回っているため

さすがに空腹を覚えた。

 

病室のすぐ隣が談話室らしいので

覗いてみると自販機が設置されている。

簡易的にカロリーが摂取できる

補助食品は売られていたが

それを買う気にはなれない。

 

点滴を引きずりながら病棟内を歩いてみたが

他に自販機は見つからなかった。

 

やむなくナースステーションに行き

コンビニなどに食べ物を買いに行けないものか相談したが

外出許可は出来ないため

栄養科に1食分用意してもらう手配をするとのことだった。

 

病棟内を歩いてみて分かったことがある。

ここは隔離病棟になっていて

この病棟以外へ移動するためには

セキュリティカードが必要であるということ。

 

エレベーターホールは

ナースステーションの目の前にあるが

常時扉で閉鎖されていて

その扉はカードがなければ開かない。

 

常用される階段はなく非常階段があるのみで

非常階段に通じる扉を通るには

やはりカードが必要だ。

 

同じ階の別棟に移動するにも

施錠された扉が設置されており

開錠にはカードが必要。

 

だいぶ厳重管理された病院に入院したものだと苦笑した。

 

夜になってから

姉が着替えやらタオルやら洗面用具など

入院するにあたり必要と思われるもの一式を持ってきてくれた。

 

このご時世

見舞いや付き添いを断っているらしく

姉との直接の面会は謝絶され

物品だけが手元に届いた。

 

鞄から届いた品物を取り出して

整理しながら棚に移動していく。

なんてことない

単純で簡単で造作もない動きだ。

 

それなのに心拍数が激しく上昇しているのがわかる。

ゆっくり ゆっくり動いているつもりなのに

動悸が激しくなる。

 

しかしこれも

ここ数日間はこんな調子なので慣れたもの。

あと少しで完了するので

そのまま作業を続けていたら

看護師から声がかかった。

 

普通に返事をして作業を続けていたら

看護師が驚いた様子で

胸がドキドキしていないかと確認して来た。

 

確かに動悸は激しいが

少し休めば治ることは分かっているし

もうすぐ作業が終わるからと伝えたが

すぐに休むように説得してくる。

 

私はそんなに重病であるつもりはなかったのだが

どうやら重症患者扱いらしい。

 

本人の認識と病院側の認識には

相当の乖離があるらしいことは分かった。

 

言い争いがしたいわけでも無いし

そんな元気は元より無い。

看護師の勧めに従ってベッドに横になる。

 

普段であれば

疲労すら感じない程度にしか動いていないのに

どっと疲れて消灯後すぐに眠りに落ちた。