失敗した時に、全てを無かった事にして忘れ去る、これは時には必要な場合もありますが、あまりこの心的仕組みが当たり前になってしまうのもよくない、なにも学習しない詩し、経験を無かった事にするのだからそれは、抑圧の効果としてという限りにおいて、なにも経験していないのと同じ事にもなってしまう。
心・・・・・・というよりは、心的組織、僕はこの心的組織という言葉の方がしっくりくるのですが、行動する時というのは自分の心的組織の一つの部分を使って行動する、これは思考や意識の裏側での現象だとは思いますが、意識や思考の裏がわに心的組織が単なる概念として存在している。
心的組織のある一つの部分を使って行動する・・・・・・失敗する・・・・・・・なかった事にして忘れ去る、その時、そこで使われた心的組織はどうななるか、無かったと気にして忘れ去るのですから、ここでネクローシス的現象が起こる、そして使われた心的組織は抹殺される、という事は、自分の心が欠けるという事、これを何度も繰り返せば、自分の心はどんどん欠けて小さくなってゆく、どんどん心の狭い人間になってゆく。
・・・・・・・・・ネクローシス的な在り方ではなく、アポトーシス的な在り方ができるといいですよね。