「愛犬王 平岩米吉伝」 片野ゆか著 小学館

犬の飼育というのは、日々、同じことのくりかえしである。そのことから、特に飼育法については、たいがいの家庭で簡単に実行できること、続けられることを念頭において紹介した。
当時は、現在のように市販のドッグフードの種類が多くなく、栄養価についてもじゅうぶんといえず、ドッグフードで犬を育てることは主流とはいえなかった。そのため一般の飼育書には、毎日与える食事内容に関して、栄養バランスやカロリーについて細かく解説したものもあった。
しかし、こうしたことを実際に一般の家庭で続けることはかなり難しい。それならむしろ、大まかな事柄をおさえてしまったほうが犬の健康が保たれる可能性は高い。あとは、家庭ごとにできそうな事柄を加えていけばいい。
食事について米吉は、「家人と同じもので差し支えなく、特別なものをつくってやる必要はない」としたうえで、米飯やパン、魚肉、それに薄味の汁物や野菜の煮汁を混ぜてやったものを与えると説明している。
それをベースにポイント的な説明を加える。子犬には、ビタミンAが摂れるレバーとカルシウム摂取のための小魚の粉末を加えれば満点だという。
追記で獣肉、野菜や果物の与え方のほか、刺激物やイカ・タコ類、甘いもの、熱いもの、味の濃いもの、内臓を傷つける可能性のある骨など、与えてはいけないものについて解説。ドッグフードの使用も忙しい時、旅行中など、状況に応じて使うことをすすめている。
(中略)
米吉は「しつけ」についての項目にも力を入れた。
当時、この点については既存の本のなかで、正しく扱われることは少なかった。そのため一般の飼い主や繁殖家のなかには、喜んでとびついてきた犬をおとなしくさせるには、犬の肢を踏むのが一番いい方法だと信じている者も少なくなかったのである。
現在の日本では、ここ7~8年でようやく、犬を飼うためにはしつけは絶対に必要だと考える人が多くなってきた。そのやり方も体罰を用いた一方的な服従ではなく、動物心理学をベースに犬と飼い主が信頼関係をつくるものが主流になった。
その方法の多くは、「最新のドッグトレーニング」としてアメリカやイギリスなどから導入されたものである。しかし、米吉は、その20年以上も前に、すでにこの本のなかで「犬の心理をふまえた躾の方法」を紹介しているのだ。
アメリカのトレーニング方法と、米吉が提案する躾の方法には実に多くの共通点がある。
愛犬に何かを教えるとき、飼い主がもっとも注意することとして米吉があげるのが、次の点についてだ。
子犬に物を教えるには、飼い主もいっしょに楽しく遊びながらやることが必要である。長い時間、無意味にくり返したり、飽きさせたりしてはいけない。子犬が興味を失い、いやがる様子が見えたら、強制せず、すぐに休むかやめるかすべきである。訓練の土台はあくまでそのことに興味を持たせることである。
(『犬を飼う知恵』「第5章 子犬のしつけ」より)
かつての日本のドッグトレーニングは、強い口調やショックを与える首輪などを使う犬に威圧感を与える方法が主流だった。しかし現在注目されている、「海外から導入された最新のトレーニング方法」は、このように遊びのなかで必要なことを教えていくことを基本方針にしている。
現在おこなわれている方法との共通項として、もうひとつ注目したいのは「飼い主のちょっとした心がけで、犬を叱る場面は確実に減らすことができる」と指摘しているところだ。
飛びついて衣服を汚されるのを避けるには、何よりも、そのような(つまり飛びつくことのできるような)場所に出しておかなければよい。これはちょっとした注意ですむ簡単なことである。次は、もし飛びついたなら、その瞬間に両前脚を持って、こちらが、しゃがんでしまうことである。そして、一方の手を放し、「よしよし」と頭を撫でてやれば、衣服を汚されることもなく、犬は正当にその喜びを受け入れられたことで満足するだろう。
(第一篇「子犬」・第5章「子犬のしつけ」・4「静止と叱責」より)