(53)彼だけに見える
1924年のある日、米国イリノイ州のロックアイランドに住んでいたフランシス・マクマーンは、自宅で地下室に降りようとした時に足を滑らせ、階段を転げ落ちてしまったのです。
意識を失ったマクマーンは、近所の人に発見されて、病院に搬送されました。
近所の人が異変に気づいたのは、マクマーンが飼っていたスコッチ・シェパードの「シェプ」が、激しく吠え立てたからです。
シェプは、運ばれていくマクマーンについて、聖アンソニーズ病院まで行きました。
エレベーターに担架が載せられようとした時に、マクマーンは意識を取り戻し、一緒について来ようとしたシェプの頭をなでながら、こう言ったのです。
「だいじょうぶだよ、シェプ。治してもらったら、必ず戻るからな。ここで待っていなさい。」
マクマーンは、犬が入れないところに行くときには、よくそう言っていたので、シェプにはその意味がわかっていました。そして、エレベーターの扉が閉まると、病院のロビーに座りました。
しかし、マクマーンは頭蓋骨を骨折していたために、その扉から二度と姿を現すことはありませんでした。彼の遺体は、病院の裏口から運び出されたのです。
葬儀が終わっても、シェプは病院のロビーから動こうとはしませんでした。
はじめのうち、シェプは、エレベーターが降りてくるたびに、扉のすぐそばに立って、しっぽを振りながら、その茶色の目を期待に輝かせていました。しかし、シェプの期待がかなえられることはありませんでした。
やがて、シェプは、病院の修道女たちが用意してくれた敷物の上に座って、エレベーターの扉が開くのを見守るだけになりました。
そのうち、病院で働いている人たちの間で、不思議な話が交わされるようになったのです。
夜更けや夜明け前に、突然、シェプが目を覚まして、エレベーターのところに飛んでいき、うれしそうにしっぽを振りながら、甘えた鳴き声を立てるというものです。
医者は、シェプのその行動を次のように説明しました。
「共感的幻想です。願いがかなえられたと感じて、幻覚を起こしたにすぎません。シェプは、ひとつの希望だけに望みをかけて生きてきました。眠っている間にその願いが実現した夢を見て、そのようにふるまったのです。」
しかし、修道女の何人かが、動いていないはずのエレベーターの音を聞いたり、興奮しているシェプのかたわらに、薄い青みがかった光を見たりしていたのです。
シェプは、12年4ヶ月の間、主人を待ち続けて、1936年、病院の正面玄関の外で、トラックにはねられてなくなりました。
ようやく、シェプは、大好きな主人が待つ天国行きのエレベーターに乗ることができたのです。
(参考図書)
「あなたのペットの超能力」 V.ガディス、M.ガディス著 白揚社刊