東武東上線みずほ台駅の南口からすぐ、みずほ台動物病院で、避妊手術を受けたときのルポです。


みずほ台動物病院は都内から来院する飼い主さんも多く、動物医療の技術だけではなく、治療に対する姿勢でも、高い評価を得ている動物病院です。


「プロローグ」


「避妊手術をしたいのですが?」


そのような相談ですから、当然、「それではいつ頃にしましょうか?」という返事を予想していたのですが、兼島先生の第一声は私にとっては、意外なものでした。


兼島孝先生


「なぜ、避妊手術をしたいと思われたのですか?」


ちょっととまどいながらも、「雌犬の場合、避妊手術をしておかないと将来、乳腺腫瘍や子宮蓄膿症にかかるリスクがあると聞いています。繁殖するつもりはないので、そのような病気を回避するために手術すべきだと考えています。」とお答えしました。


にわか知識の披瀝にしか過ぎない私の返事に、真剣な表情で耳を傾けていた先生は、「手術の必要性があるときちんと理解をされて決心されたようですから、よろしいのではないでしょうか?このようにお聞きしたのは、やはり、健康な体にメスを入れることになるので、飼い主さんの判断の拠りどころを確認させていただきたかったのです。」と答えられました。


理屈では将来の病気のリスクをなくすために避妊手術は必要なのだとわかってはいても、いざ手術となると逡巡する気持ちは消えていませんでした。ですから、先生に背中を押してもらおうと考えていたのですが、このプロセスを経て、大げさに言うと、飼い主として手術のリスクをとる覚悟ができたのです。


「術前検査を受けました。」


(1)診察室での一般的な健康チェック


1

体重測定

体温測定

視診

触診

聴診

問診

元気?食欲はある?

ワクチン接種の有無と実施時期

うんちやおしっこの状態

目、耳、鼻などでおかしいと思ったことはないか?


以上のような健康診断と問診で特に問題が認められなかったので、次に術前検査のため、診察室から検査室に移動しました。


(2)術前検査


血液検査(検査対象は肝機能、腎機能、貧血、血小板など)


胸部レントゲン検査


心電図検査


以上の検査は心肺機能と代謝をチェックするもので、麻酔が効いていく経路と代謝していく(抜けていく)経路をチェックする目的も含まれています。


11


(3)検査結果の説明


みずほ台動物病院では、検査内容を院内で分析できる機材・設備を整えているので、検査後30~40分程度で、その結果を飼い主に伝えることができます。


今回の検査結果について、担当の山西先生から説明を受けました。


2

「血液検査、胸部レントゲン検査、心電図検査いずれの結果からも異常は認められませんでした。」


「ペキニーズのようなマズルの短い犬種、いわゆる短頭種では、気管支が細い場合があります。麻酔からさめて呼吸がきちんと戻らないことがあるんです。この子の場合は、正常範囲内なのでだいじょうぶです。また、心臓の肥大もなく、これといった問題はありません。」


「術前検査をしっかり行い、検査結果をきちんと評価していれば、手術における事故は防げますし、もちろん、具合が悪ければ手術も行いません。」


全ての検査結果について十分な説明を受け、飼い主として納得したところで、具体的な避妊手術のスケジュールについての説明に入ります。


(4)避妊手術に向けてのスケジュールと注意事項


手術前日


前夜の食餌は軽いものを与え、夜10時以降は絶食させる

お腹の中に食べものが残っていると、麻酔からの覚醒時に嘔吐してしまうことがあり、その嘔吐物が肺に入って「誤嚥性肺炎」を起こしてしまうリスクがあるからです。通常、10時間の絶食を行います。


手術当日


水分も摂取させない。(絶食と同じ理由からです。)

朝9時から10時に来院して、犬を預ける(入院は1泊2日)

短期入院なので、フードは病院のものを使用するので持参の必要はない


手術の翌日


診療時間内に迎えにくる

抜糸は10日前後に行う。

それまでに2~3回来院して術部の消毒と術後のチェックを受ける


「避妊手術の完全ルポルタージュ」


外部からの細菌侵入などを防ぐため、通常はスタッフ以外の人が手術室に入ることは許されていませんが、今回は特別に手術の一部始終を見せていただきました。


みずほ台動物病院での犬の避妊手術方法は,「卵巣・子宮摘出術」です。


獣医療の世界では、一般的に雄に施す不妊手術を「去勢手術」、雌に施すものを「避妊手術」と言います。そして、去勢手術とは通常、精巣(睾丸)を摘出し、避妊手術では卵巣と子宮または卵巣のみを摘出しています。


(1)処置室での準備


点滴開始 :


留置針というプラスチック製の針を前脚の静脈に挿入し、針をテープで前肢に固定して点滴を始めます。

静脈を確保するのは、単に点滴をするためだけではなく、手術中に万が一、動物の状態が変化した場合でも、静脈から速やかに投薬することができるからです。


抗生剤投与 :


術野の細菌感染を防止するために投与します(注射)


消炎鎮痛剤投与 :


痛みを和らげる効果があります


導入麻酔薬投与 : 


鎮静効果があり、投与後10分くらいで効果が現れてきます。


モニタリング開始 :


ここでは心電図をとりつけ、モニタリングを始めます。


麻酔導入開始 :


動物用マスクをマズル部分にとりつけ、酸素と麻酔を吸入させます


3

気管チューブ挿管 :


動物の気管にチューブを挿入し、呼吸によって麻酔器から直接麻酔を吸入します<


吸入麻酔開始 :


麻酔を維持します

気管チューブを挿管することによって、維持麻酔や呼吸管理がしやすくなります。手術中の万が一の状況に備えて、必ず行います。


麻酔拮抗薬投与 :


吸入麻酔を開始したので、先に投与した導入麻酔薬の効果を消失させる薬を注射します。


眼軟膏塗布 :


麻酔のため、まぶたが開いたままの状態になることがあるので、眼球が乾燥しないようにするためのものです。


術野の毛刈り :


開腹した際に体内に毛が入り込まないように毛刈りをします。


4


術野の消毒 :


念入りに消毒を行います


5

準備の間に、術者の兼島院長は手術用の帽子、マスクを装着し、消毒された水道水で念入りに手を洗浄、消毒した後、滅菌されたガウン(手術着)と手袋を着用して手術に備えます<


12

心電図で状態が安定していることを確認した上で、動物を手術準備室から手術室に運びます。


(2)手術室での準備


手術台にあおむけに寝かせて、四肢を保定<BR>手術中に体が動かないよう柔らかい紐で四肢を手術台にくくりつけます。


再び、モニタリングを開始

心拍数、体温、呼吸数、麻酔濃度、動脈血酸素飽和度、呼気終末CO分圧


(3)手術


今回の手術は、術者=兼島院長、助手=動物看護師、麻酔担当=山西獣医師の3人体制で行われました。


動物にドレープという滅菌された緑色の布をかけ、術野部分だけが見える状態にして、手術開始です。手術中に術野以外の動物の体に術者や助手が触れると細菌に汚染される恐れがあります。それを防止するために術野以外の全ての部分(頭部も含め)をドレープで覆います。


開腹

おへその下から正中線(腹部の縦真ん中部分で出血しない部分)を15cmほど開腹する


6

卵巣・子宮の摘出

左卵巣→右卵巣→子宮の順に摘出


7

縫合

腹壁→皮下組織→皮膚組織の三重縫合→術式終了

縫合の際に使用される糸は、腹壁と皮下には体内に吸収される糸を、皮膚には吸収されない糸を使用します。通常、抜糸は、皮膚部分を縫合している「吸収されない糸を抜くこと」です。


8


9

吸入麻酔停止

麻酔は停止、酸素のみ吸入


四肢の保定を解除


術野の消毒・保護


みずほ台動物病院では殺菌性プラスチックスプレー(商品名:ノベクタンスプレー)を使用して、瞬時に術部の消毒と同時に保護をします。(このスプレーを使用している動物病院はまだ多くはありません。)


術部にテープを貼る


透明なテープを貼り、術部を保護しています

このテープは術部の保護ができる上に透明なので、患部が見えてとても便利です。


気管チューブ抜管


挿入していた気管チューブを抜きます

ペキニーズなどの短頭種は抜管後、呼吸を確認することが大切です。


麻酔覚醒


「みずほ台動物病院での避妊手術の特徴」


みずほ台動物病院では、終始電気メスを使用しての手術でした。電気メスの利点は、手術中の出血が少なく、また出血したとしても血管を瞬時に焼くことで、すばやく止血できるところです。


通常のメスでは電気メスに比べて出血が多く、出血にともない、そのたびに「結紮(けっさつ)」という「血管を糸で結んで止血する作業を行わなければなりません。時間を費やすその作業が省略できる電気メスの使用により、手術時間の短縮=麻酔がかかっている時間が短くできるので、動物への体の負担も軽減されます。


今回の手術時間は45分でした。


術者の兼島先生は、「内科の治療であれば、例えばこの薬は効果がないから、他のに変えてみましょうといったように変更ができますが、外科は閉じてしまったら、やり直しはできません。ですから常に完全でなければならないと考えています。血管は二重に縫合し、閉じる前には必ず出血などを確認します。念には念を入れてです。」とおっしゃっていました。


(4)入院


麻酔から覚醒したら、入院ケージに移します。もちろん感染症の疑いのある動物が入る入院ケージは、完全に隔離された別の部屋にあり、その室内の空気は殺菌消毒され、強制排気されています。


また、入院ケージは空いた段階で内部を完璧に消毒するとともに、扉は消毒液に一定時間漬け込む徹底ぶりです。


入院ケージは、処置室・スタッフルームからガラス越しに観察できるようになっています。そして、入院室内には小鳥のさえずりといった環境音楽が流されていて、入院している動物のストレスをやわらげるような配慮までされているのです。ケージは床暖房で、必要に応じて動物を寒さから守るようになっています。


(5)退院から抜糸まで


患部をなめこわしたりしないように、「腹帯(ふくたい)」を着せますが、時には「エリザベスカラー」を装着する場合もあります。


退院時には6日分の抗生物質が処方されます。


抜糸は手術から10日前後に行いますが、それまでに2~3回は術野の消毒や術後の経過観察を受けます。


シャンプーは抜糸後1週間経過するまで控えます。


10