1.地震発生
2004年10月23日、午後5時56分、マグニチュード6.8の地震が新潟県の中越地方を襲いました。
内陸部の直下型地震で、震源が13キロメートルと浅かったため、新潟県の広い範囲が強い揺れに見舞われたのです。
本震の後にも、震度5の余震が3分後、7分後、11分後と続き、1時間内に震度6の余震も2回、起きました。
中越地震による死者は、新潟県内で51人、けが人は4,800人。全壊家屋3,800棟、損壊家屋約12万棟。避難者数は、約8万人にも及びました。
2.被災動物保護センターの立ち上げ
地震から2日後、十日町市の空き地に、テント7張りの「被災動物保護センター」が立ち上げられました。この保護センターの立ち上げを陣頭指揮したのが、「災害救助犬十日町」の隊長、西方真さんでした。
西方さんは、災害救助犬十日町のメンバーや地元の獣医師、愛犬家サークル「わんこクラブ・ステップ&ジャンプ」などに連絡をとって、動物保護センターの立ち上げに協力を求めたのです。
西方さんが、動物保護センターを立ち上げようと思ったのは、こんな光景を目にしたからです。
家屋の崩壊による行方不明者や災害救助犬が必要になりそうな現場もないということで、災害本部からは、救助犬チームへの出動要請は出ていませんでした。
しかし、市内で孤立した場所があるらしいという情報を聞いて、地震発生の翌日、西方さんは救助犬のトマトを伴って、救助犬チームのメンバーと市内をパトロールしていました。
余震が続いているため、避難所は大勢の人でごったがえしていて、近くの駐車場も車であふれていました。西方さんは、駐車場の車の中にいる年配の夫婦に気づいて、声をかけました。
「どうして、避難所に入らないんですか?」
ご婦人が、マルチーズを抱き上げて、「だって、犬がいるもの」と答えました。
「犬がいたって、避難所には入れますよ。車の中は窮屈じゃないですか?」
「うちの子はほえるから、迷惑がかかります。避難所の中で肩身の狭い思いをするよりは、車の中の方が気楽だから・・・」
西方さんは、犬の飼い主の夫婦の気持ちを聞いて、なるほどと思いました。
避難所には、ペットを連れていってもいいことになっていますが、飼い主が全員そうするわけではありません。したくてもできないのです。避難所に連れていける犬は、おとなしく、知らない人に吠えたりしない犬でなければならないからです。
別の駐車場にも、車の中でペットと一緒にいる人が何人もいました。
ペットを自宅に残したまま、避難所に向かった人も多いことがわかり、西方さんは、そんな飼い主のためにも、ペットの保護センターを始めようと考えたのです。
3.被災動物保護センターの活動
地震から2日後の昼には、ペットの救援体制が本格的に整ったので、「被災動物保護センター」と書いた紙を目立つところに掲げました。
7つのテントのうち、ひとつはフードなどの救援物資を入れる倉庫にして、残りの6つには、寄せられた100個のケージを入れて、犬や猫を収容できるようにしました。
その日のうちに、犬や猫を連れた人たちがひっきりなしにやって来ました。
中には、普段はおとなしい犬なのに、うるさく吠えて、避難所にいる人たちからクレームがでてしまったという飼い主さんもいました。地震とその後の環境の変化が、ペットにも大きなストレスを与えていたのです。
特に犬は、環境の変化やストレスで、下痢になりやすいと言われています。スタッフは、ペットの健康状態、ワクチン接種をしているかなど、受け入れるためのチェックシステムを整えました。
また、地元の獣医師と連携して、ケガをしているペットが、はやく治療を受けられるように、手配をしました。
おとなしい犬と吠える犬とは、別々のテントに収容するようにしました。おとなしい犬は周りの犬がけたたましく吠えると不安になるので、できるだけストレスを与えないようにとの配慮からです。
ピーク時には、50匹ほどの犬と猫が収容され、スタッフとボランティアは交代で、24時間態勢で世話をしました。食欲があるかないかなど、一頭ごとにカードに記入するようにもしました。
何日かすると、仕事の役割分担も決まってきました。
朝8時に、テントから犬を出して、排泄をさせ、エサをあげて、遊ばせる係。その間に、テントの中に風を通しながら、掃除をして、ケージを消毒する係。
地震発生から5日目のことです。隣町の小千谷市で、車の中に寝泊りしていた女性が、エコノミークラス症候群が原因で死亡したというニュースが報じられました。
この病気は、飛行機のエコノミークラスの狭い座席に座った乗客がかかることが多く、この名前がつけられたのです。長い時間、窮屈な姿勢を続けたために、血液の巡りが悪くなって起こる症状です。
その女性は、ペットを飼っていたため、避難所に入らずに、車の中で過ごしていました。
11月初めには、余震も収まり、被災者は避難所から自宅に戻り始めましたが、家の中を片付けるために、日昼は、ペットを預ける人が多くいました。
一方で、避難所を出て、仮設住宅に移る人の数も増え、それにつれて、センターに収容されるペットの数もだんだん減っていきました。
地震からおよそ2ヶ月後の11月23日、収容されていた最後の1頭が飼い主の元に引き取られ、保護センターはその役割を終えました。
(参考資料)
「出動!災害救助犬トマト」 池田まき子著 ハート出版刊