プロジェクト・プーチ(PROJECT POOCH)のPOOCHは、Positive Opportunities Obvious Change with Houndsの頭文字をとっています。
「Hounds=犬たち」とともに変わっていく積極的な機会と、「Pooch=ワンちゃん」のふたつの意味をかけています。
このプロジェクトが行われているマクラーレン少年院は、米国の西海岸、オレゴン州のポートランドから30kmのところ、ウッドバーンという町にあります。
この物語の主人公、ナザニエル(ネート)・T・ミッチムが、少年院を仮退院する日に送ったパーティの招待状に、「I can live again」という言葉を書きました。
この言葉を、著者の今西乃子(いまにしのりこ)さんは、再出航(たびだち)と訳しました。ネートの気持ちを伝えるためにどんな日本語に訳したらいいのかと考えた末に、たどりついた日本語だったそうです。
ネートは、「今、ぼくの人生で、一番大切なものは人だ。人はひとりでは生きていけないね」と言ったそうです。その気持ちが、「I can live again」という表現に込められたネートの思いだったのです。
今西さんは、ネートのこの言葉から、彼が人を信じることで、世の中の厳しさ、理不尽さを克服していこうとする、新たな決意を感じ、ネートの中には、それを乗り越えていく自信がきっとあるのだと思ったと述懐しています。
今西さんは、その著書「ドッグ・シェルター」のあとがきに、次のように記しています。
世の中には、ネートのように親の愛情を満足に受けずに育ち、犯罪に手を染める子どもたちがたくさんいる。豊かで便利になった世の中が、逆に人々の心を貧しくしているのではないか?そんな気にさえなる。
目に見える財産ばかりに心をとられ、本当の幸福をもたらしてくれる「心の財産」について、わたしたち大人は、子どもたちに何を伝えているのだろうか?
「プロジェクト・プーチのトレーニング・プログラム」
ドッグ・シェルターに保護されている犬をビデオで撮影し、少年たちに犬を選ばせ、プロジェクト・プーチに連れてかえる。(予防接種・避妊、去勢手術、マイクロチップ装着などをすませる。)
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担当の少年が、その犬の世話とトレーニングを全て、行う(3ヶ月~1年)
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トレーニングが終わったら、犬に飼い主を見つけるためのチラシや広告を作る(少年たちが作る)
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チラシを動物病院やペットショップ(有料)の掲示板などに貼る。インターネットのホームページも活用する
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申し込みがあったら、犬を飼うのにふさわしいかを判断するため、その人と面接をして、その後、犬と会わせる
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全ての条件が満たされれば、犬は新しい家族のもとに引き取られる。
新しい飼い主は、プロジェクト・プーチに175ドルを支払う。その内、50ドルは、その犬の世話をした少年に渡され、預金などにして、社会復帰後に役立てる。残りの125ドルは、プロジェクト・プーチの運営経費に使われる。
「少年の日課表」
08:30 犬舎のそうじと犬たちが遊ぶ庭のそうじ。犬をトイレに連れ出す
09:00 犬の散歩とトレーニング
10:30 犬のごはんを作り、ごはんを食べさせる
(登校して、学校の授業を受ける)
12:30 犬を敷地内で遊ばせる。 事務所のそうじ
13:30 犬の散歩とトレーニング
14:30 犬に夕食を食べさせてから、学校に戻って、授業を受ける
「ドッグシェルター」 -犬と少年たちの再出航 今西乃子著 金の星社刊
必要とし、必要とされる存在。プロジェクト・プーチから始まる、犬と少年たちの「生命」の再生物語。
一度は人に捨てられた犬と過ちを犯した少年たち。ふたたび「生命」をとりもどし、彼らの人生がここプーチから新たな鼓動を始める。
●刑務所の囚人と犬とのエピソード
警備が厳重なシングシング刑務所に、おなかをすかせた子犬が迷い込んできました。
栄養失調のために皮膚がたるんでいて、身体に合わないみすぼらしい服を着ているようだったので、子犬は囚人たちから、「ラグズ」(ぼろ)と名づけられました。
大半の囚人たちは、手紙をくれるような友だちも家族もなく、世の中から見捨てられたような孤独感を味わっていたので、ラグズは格好の気晴らしになり、みんなが自分たちのわずかな食事を分け与えるようになりました。
ラグズは囚人たちの親友になりましたが、なぜか、刑務所の所長や看守にはなつかず、うなり声をあげたそうです。
ラグズは、夜になると刑務所を出ていき、朝になると戻ってきましたが、ある晩だけは、外にでかけませんでした。その夜だけは、ある囚人の独房の前で、朝まで過ごしたのです。
翌朝、その囚人は、仲間にこう打ち明けました。
「あの犬がおれの命を救ってくれたんだよ。」
彼は、仮釈放の申請を却下されたため、自殺しようと思っていました。しかし、シーツをねじって、首を吊ろうとするたびに、ラグズが独房の外で低くうなるので、それ以上続けると、ラグズが大声で吠えて、看守に気づかれてしまいそうで、実行に移すことができなかったのです。
そうして、彼は、自分のことを本気で気にかけてくれる相手がいることに気づき、励まされて、生きる道を選んだのでした。
(参考資料)
「地上の天使たち」 ステファニー・ラランド著 原書房刊
