(30)弘法大師と犬 (神奈川のむかし話)
むかし、日本には、麦がありませんでした。麦があれば、人々を飢饉から救えると考えた弘法大師は、中国に渡りました。
しかし、麦は大切にされていて、種を分けてもらうことができません。
そこで、弘法大師は、麦畑の番人のすきを見て、麦の穂をちぎって、ふところに隠しました。
そして、日本に戻る船に乗ろうとした時、麦畑の番人と一緒に見張りをしていた犬が、弘法大師の衣のすそをくわえて引っ張り、噛みちぎってしまいました。
犬が、布切れを番人に届けてしまったら、麦の種を盗ったことがわかってしまうと考えたおつきの者は、その犬を切り殺してしまいました。
日本に持ち帰られた麦の種は、すくすくと育って、それからは、日本でも麦が広く栽培されるようになりました。
しかし、弘法大師は、切り殺された犬のことがかわいそうでならず、その犬のたましいを慰めるために、お経をとなえて、供養をしてやりました。
それから、お百姓さんは、麦の種まきの日には、ぼたもちをついて、畑のすみに置いておくようになりました。そうして、今でも、殺された犬の供養をしてやっているのです。