(16)犬を殺した領主(イギリスの民話)


むかし、ウェールズのルウェリン王子が、立派なスコティッシュ・ディア・ハウンドを飼っていました。


ゲラートと名づけられたその犬を、王子はとても信頼していて、自分が出かけるときには、ゆりかごのなかで眠る息子の守りをさせていました。


ある日、外出から戻ってきた王子は、驚きました。


ゆりかごは、ひっくり返り、毛布やシーツは血で染まっていたからです。そして、近づいてくるゲラートの口から滴っている血を見た時、王子は、ゲラートが子どもを食べてしまったと思ったのです。


王子は、剣を引き抜くと、ゲラートを斬り殺しました。


その時、ひっくり返ったゆりかごの向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえ、駆け寄ってみると、息子はかすり傷ひとつ負っていなかったのです。そして、そのそばには、大きなオオカミの死骸が横たわっていました。


王子は、城に忍び込んだオオカミから、ゲラートが赤ん坊を守ってくれたことに気づきました。しかし、いくら悲しみ、後悔したところで、ゲラートを生き返らせることはできません。


領主は、りっぱな墓にゲラートの亡骸を葬らせ、自分の早合点とおろかさを物語に書きとめさせました。


長い年月が過ぎて、墓も朽ち果てましたが、この言葉だけは後世に残されています。


「犬を殺した男のようになるな」


はやまって何かをしてしまい、後で後悔することを戒めたものです。


「解説」


この話は、インドからヨーロッパにもたらされた伝説で、国や地域ごとの色合いをまとって、語り継がれていったものです。


国や時代によって、さまざまな変化が生じましたが、物語の土台は変わっていません。


人間の言葉が話せない動物が、主人からの温情に報いるために我が身を投げ出します。しかし、主人はその行動を誤解して、恩義ある動物を殺してしまうという筋書きです。