(10)犬と結婚したむすめ (エスキモーの昔話)
むかし、むかし、カナダのパドリにひとりの男がいました。その男には、年ごろの娘がおりましたが、いっこうにお嫁に行こうとしません。
しびれを切らした娘の父親は、「どうしても嫁に行きたくないなら、いっそ、犬を夫にするんだな」と怒って言いました。
その夜のこと、赤い犬の皮のズボンを履いた男が娘の小屋にやってきて、その日から夫婦になりました。娘の夫になったのは、娘の家の犬だったのです。
娘はおなかが大きくなり、たくさんの子犬を産みました。子犬たちはみんな元気に育って、一日中、かけまわり、声のかぎりに吠えたてました。
あまりのうるささにがまんができなくなった娘の父親は、娘一家を人が住んでいない小さな島に追いやりました。
夫の犬は、首に長靴をつけて、冷たい海を泳いでやってきました。長靴にアザラシの肉を入れてもらうと、また、泳いで戻りました。
しばらくすると、娘の父親は、大切な食料を犬にやることがもったいなくなりました。そこで、アザラシの肉のかわりに、長靴に石を詰め込んだので、夫の犬は、冷たい海を泳ぎ切ることができずに、おぼれて死んでしまいました。
食べるものがなくなった娘は、長靴の底の皮をはぎとって、その上にクジラの骨のマストを立てて、舟を作りました。そして、その舟に何匹かの子犬を乗せると、北風とともに海に押し出しました。その舟がどこに行ったかは、誰も知りません。
娘は、もう一艘、舟を作って何匹かの子犬を乗せ、「おまえたちは、川を上って、カリブーを獲って暮らしなさい」と送り出しました。この子犬たちは、イジカト族になって、カリブーだけを食べて暮らしています。
娘は、また、別の子犬たちを旅立たせました。この子犬たちは、イノアルジガトという名の種族になりました。この種族は、体が小さくて、人の膝の高さまでしかありません。でも、とても力が強く、大きなセイウチさえも引っ張ることができます。キツネの耳を子どもの服の飾りにすることでも知られています。
娘のもとに残った子犬たちは、やがてイヌイット(エスキモー)になりました。