病気やケガをした動物に、外科手術を施す場合、手術の成否を検討するのと同じぐらい大切なのが、麻酔による患畜への影響です。手術には「麻酔」は欠かすことができませんが、麻酔そのものが、動物を死に至らしめることもあるからです。


麻酔は、生命を維持するための全ての内臓の働きをコントロールしている「中枢神経」を、マヒさせるものなので、吸入させる量や時間をまちがえると、動物の命を奪ってしまう可能性があります。しかも、適切な量を使ったとしても、高齢だったり、臓器の働きが低下している動物の場合には、危険性が高いのです。


現在、ほとんどの動物病院で使われているのは、吸入麻酔です。麻酔薬を気化させて、チューブで肺に麻酔ガスを送り込む方法です。


患畜の心拍数を確認しながら、麻酔ガスと酸素の量を調整して、使います。手術中に麻酔から醒めてしまいそうな場合には、麻酔の量を増やし、逆に麻酔が効きすぎている場合には、酸素を送り込んで、麻酔の量を減らします。


この吸入麻酔が開発される以前は、動物への麻酔は、静脈に麻酔薬を注射する方法でした。静脈麻酔は、現在でも部分麻酔として、人にも動物にも使われています。


静脈麻酔の問題は、その効果が約45分間しかなく、長時間の手術に対応できないことです。麻酔時間を延ばそうとして、追加麻酔を注射すると、今度は麻酔が効き過ぎて、命にかかわる危険性が大きくなります。


また、帝王切開に静脈麻酔を使うと、母親のへその緒を通じて、胎子にまで麻酔がかかってしまい、死んでしまう可能性もあるのです。


長時間の手術に対応できて、安全性が高い吸入麻酔器の開発に、ひとりの日本人獣医師の活躍がありました。


その獣医師は、東京の調布市にある「アメリカン動物病院」の初代院長、澤辺省三氏です。


弱冠25歳だった澤辺省三氏は、1961年に獣医師の交換留学生として、米国のフィラデルフィアにあるペンシルヴァニア大学に留学しました。そして、大学の薬学部のチャールズ・セーレム教授とハトボロー動物総合研究所付属病院の院長で全米獣医麻酔学会会長のドクター・ジーン・ブルックスとともに、「吸入麻酔」の開発に挑んだのです。


「犬たちの命を救え-麻酔45分の壁」 今西乃子著 国土社刊


吸引麻酔

吸入麻酔は、麻酔薬の濃度が調節できるということだけではなく、麻酔からの覚醒も早いというメリットもあります。


麻酔のリスクを減らすために、現在はさまざまなモニターで監視を行っています。

 心拍数の減少    ←  心電モニター

 呼吸機能の低下   ←  呼吸モニター

 血圧の低下      ←  血圧モニター

 血液中の酸素濃度 ←  パルスオキシメーター


フレンチブルドッグ、パグ、シー・ズーなどの短頭種は、麻酔のリスクが高いと言われます。

・気管が細い

・軟口蓋が特殊な形状をしている

・鼻の穴が小さい

・舌が厚い

・口を大きく開けにくい


麻酔から覚醒した後、自発呼吸が戻っていない状態で、気管からチューブを抜いてしまうと、そのまま呼吸困難に陥って、死んでしまうことがあるのです。