(5)家庭犬に捜索救助のトレーニングをしていく場合の基本的な考え方
1. 一度にいくつものことを教えずに、ひとつひとつマスターさせていく。
2. 覚えるまで何度でも同じ訓練を繰り返す。
3.できたら、必ずその場でほめる。
① 社会化
犬は仲間である他の犬たち、飼い主やその家族を含めて、人間たちと仲良くできなければなりません。犬社会と人間社会のどちらにも順応できている、つまり、社会化できていることが基本です。社会化には犬慣れ、人慣れだけではなく、環境への慣れも含まれます。大型機械などの騒音や飛行機やヘリコプターのエンジン音、耐火服に身をつつんだ消防官などに対しても怖がることなく、落ち着いていなければなりません。
子犬の場合には、パピートレーニングそのものが社会化へのプロセスになります。初めて経験することに対して、怖がっていたり、不安な様子を見せている子犬も適切な指導を受けることで乗り越えていきます。「呼ぶと来る、ついて歩く、すわれ、伏せ、待て」などの服従訓練もします。
成犬で、恐怖心や不安が強い場合には、集中的にトレーニングしても、適切な社会化に至らないことがあります。
② 去勢・避妊
他の犬から受ける影響で、捜索救助に集中できないと困るからという理由だけで、去勢・避妊が勧められるわけではありませんが、人のために働く「アシスタント・ドッグ」の場合には、仕事のさまたげにならないように、不妊手術を行うことが一般的です。
③ トレーニングをする人はひとり。
犬は餌を与える人間よりも、訓練する人に従うと言われます。オオカミの階級社会での記憶が、「訓練する人=リーダー」という認識をさせるからです。その本能を考慮すると、トレーニングをする人は1人がベストです。犬に対する態度は常に同じであるべき。複数の人が教えると犬は混乱してしまいます。一度学習してしまえば、別の人のもとでも捜索救助作業はできますが、基本的には、犬とハンドラーはチームなので、一緒に作業することが成果につながります。
④ トレーニング開始の合図とウォーミングアップ
トレーニングの時間がきたことを犬に伝えるために、犬のわき腹をぽんぽんとたたいてから作業にとりかかる、あるいは「トレーニングしましょう」のような短い言葉を繰り返します。始まりの合図をすることの目的は、犬の興奮と期待感を高めることです。合図として決めたことは毎回、繰り返して下さい。
トレーニングの前に、ボール投げなどのウォーミングアップをすることで、ケガの予防とともに、犬が気持ちよくトレーニングに入ることができます。
⑤ 子犬のトレーニング
生後12週間目になれば、子犬にも、将来捜索作業へと結びついていくゲームを始めても良いでしょう。しかし、飼い主とのきずなができていること、新しい家庭で十分に落ち着いていること、健康であることなどの条件をクリアしていなければなりません。
障害物を飛び越えたり、登ったりといった訓練が度を越えると、じん帯を伸ばしてしまったり、形成異常が発生したりする可能性もあります。
また、怖がっているのに無理にやらせようとすると、まったくできなくなることもあります。ハンドラーは遊びを通して、不安や恐怖を取り除いてやるように接しなければなりません。
⑥ トレーニングの時間
退屈させたり、疲れさせたりしなければ、犬はトレーニングが好きになります。しかし、若い犬では、10~15分程度にしましょう。若ければ若いほど、集中力の持続も短いからです。5分間のトレーニングしたら、5分間遊び、それを3回繰り返して全部で15分間のトレーニングにします。トレーニングが、常に犬にとって楽しいことであるようにこころがけましょう。
⑦ 練習終了の合図
「おしまい」や「オーケー」といったコマンドで、作業から開放されたことを伝えます。トレーニングがいつ始まったのか、そしていつ終わったのかを犬にはっきりつたえることが大切です。
⑧ ゲーム遊びのごほうび
遊びは捜索救助犬のトレーニングにおいても、重要です。トレーナーを喜ばせる以外にも、遊びのごほうびは犬にとって作業をする上で強いモチベーション(動機づけ)になります。
しばらくすると「擬似遭難者」を見つけることがごほうびになっていきますが、それまでは捜索作業に対して、楽しいモチベーションが犬には必要です。
⑨ 犬がトレーニングをいやがったら
犬がまちがえたときに体罰を与えたり、怒鳴ったりすることで矯正しようとすればするほど、犬はやる気をなくします。犬にも個性があって、それぞれのペースで学習していくので、他の犬と比較して覚えが遅いとか素直ではないと考えないで下さい。
犬にも一時的に訓練意欲を失うときがあります。「バーンアウト」と呼ばれますが、疲れていて無気力になったり、トレーニングをいやがったりします。そんなときには、2~3週間の休みをとりましょう。
トレーニングには必ず退行の時期があります。犬が学習したことを忘れてしまうのです。そんなときには、最初からやり直す必要がありますが、再トレーニングにはそんなに時間はかかりません。
犬はすぐれた聴覚と嗅覚を持っていますが、視覚はそれほど良くないと言われ、深さを認識することは得意ではないという意見もあります。それは、何かに飛び込んだり、障害を飛び越えたり、別の場所に飛び移ったりするトレーニングを嫌がったりすることがあるからです。