●皮膚の新陳代謝と皮脂腺


皮膚は、物理的な接触、温度変化、痛みなどを感じる感覚器としての役割とともに、外界からの様々な刺激や環境の変化から体を守るバリアーとしての機能も持っています。


1.ターンオーバー


皮膚細胞が新しく生まれて、フケになって剥がれ落ちるまでの変化を「角化」と呼び、皮膚が新しく生まれ変わることを「ターンオーバー」と言います。健康な人の皮膚のターンオーバーは約28日間、犬の皮膚では約20日です。


ターンオーバーのスピードは、歳をとるにつれて遅くなります。皮膚病の脂漏症の犬では、ターンオーバーは3~4日と言われます。


犬の皮膚には被毛が密集しているので、皮膚の新陳代謝がスムーズに行われません。また、人間に比べると皮脂の分泌も活発ではありません。


2.皮膚腺


表皮には、脂腺、アポクリン汗腺、エクリン(エックリン)腺などの皮膚腺があります。


①脂腺(しせん)

毛包の一部が膨らんで、突き出した分泌腺です。皮膚の水分を保つ分泌物、コレステロール、ロウ、エステル化脂肪酸などを分泌しています。

分泌量はホルモンによって左右され、分泌を促すのは男性ホルモン、抑制するのは女性ホルモンです。若いオス犬では脂分が多いので毛つやが良いのに対して、妊娠中のメス犬や高齢犬では脂分が少なくなるので、皮膚が乾燥しやすく、毛がパサついた感じになります。


②アポクリン汗腺

真皮の深層にあり、体表全体に分布しています。鼻の表面にはありません。

分泌物は乳白色で、それ自体は無臭ですが、皮膚の表面にいる細菌の働きで、臭気を発します。


③エクリン(エックリン)腺

犬の場合には、肉球に存在するもので、ほんの少し汗をかく程度の分泌量です。そのため、体温の調節効果はありませんが、歩くときの滑り止めや臭いをつける働きがあると考えられています。


「尾腺野」(びせんや)

背中側の尾の付け根に直径2~4cmの楕円形をした太い毛だけがまばらに生えている箇所があります。その部分を「尾腺野」と呼びます。


脂腺、アポクリン汗腺が発達しているため、多量の皮脂が分泌され、犬どうしが互いを識別するために役立つ匂いを発していると考えられています。


この部分から生じるフケは脂分を多く含むので、皮膚炎の原因になったり、ノミが集まりやすいとされています。


「外耳道腺」(がいじどうせん)

外耳にたくさんある腺です。脂腺とアポクリン腺で、耳垢(じこう)は、2つの腺からの分泌物が混ざり合ったものです。


マラセチア真菌などの細菌が繁殖しやすく、炎症の原因になります。


「肛門嚢腺」(こうもんのうせん)

肛門嚢は、皮膚ポケットとも呼ばれ、肛門の内外括約筋の間にある左右対になった嚢です。


脂腺、アポクリン汗腺が分泌され、嚢内に悪臭のするドロッとしたアルカリ性の液が蓄えられます。それが変性して細菌感染を起こすと、肛門嚢炎や肛門周囲炎の原因になります。


3.皮膚のホメオスタシスと皮脂の役割


被毛の毛包の上部にある皮脂腺で作られる中性脂肪が皮脂です。


人間の場合、皮脂は毛孔から分泌され、小汗腺(エクリン腺)から出る99%水分の汗と混ざって、酸性皮膜(アシッドマントル)になります。酸性皮膜は、皮膚と被毛を覆って、保護する天然の保護クリーム(エモリエント効果)です。


皮脂と汗は、脂と水ですから、それらが混ざるためには「界面活性剤」が必要になります。その界面活性剤としての働きをしているのが、皮膚の表面にいる常在菌なのです。


また、皮膚の常在菌は、皮脂の脂肪分=中性脂肪をえさとして食べながら、遊離脂肪酸を排出しています。そのため皮脂膜はPH4.5~6.5の弱酸性になります。人の場合には、皮膚のPHは4.5~6.0の酸性です。


感染症の原因になる皮膚病原細菌や真菌のほとんどは、酸性では繁殖できないので、皮脂膜はこれらからも皮膚を守っているのです。


犬の場合には、アポクリン汗腺が皮脂腺に開口していて、皮脂と乳化することで皮脂膜を作っています。人間に比べると皮脂の分泌が活発ではなく、小汗腺(エクリン腺)が退化していて汗をかかないので、皮脂膜ができにくいからです。


犬も人間も哺乳類です。哺乳類は、恐竜から進化しました。厚くて硬い角質層の皮膚をもっていた恐竜は、氷河期の寒さに耐えられずに絶滅しましたが、角質層を被毛に変化させて保温用のセーターを着込んだ哺乳類は、生き延びることができたのです。


人類はその進化の過程で、被毛を失って丸裸になりました。そのかわりに、バリアとなる皮脂膜を作るための機能を発達させたのです。


被毛を捨てなかった犬を含む他の動物は、皮脂が多くなると毛がよじれて、保温効果が低くなってしまうということもあって、人間ほどは皮脂を分泌しないのです。


ほとんどの犬の皮膚のPHは、6.2~8.6の弱アルカリ性であるという説があります。


犬の皮膚には、被毛が密生していて風通しが悪い、あるいはもともと体温が高い、皮脂の分泌量が少ないといった理由などから、酸性の皮脂膜ができにくいために、PHが弱アルカリ性になるのではないかと説明されています。


アルカリ性の石鹸で洗っても、弱酸性の界面活性剤で洗っても、すすぐ時には中性の水道水(お湯)を使うので、皮膚は中性になるという説もあります。


雑菌の繁殖を抑えるためには、皮膚は弱酸性に保たれていなければならないのですから、皮膚のPHが弱アルカリ性や中性である場合は、そのままの状態が好ましいわけではありません。


皮膚が弱酸性の時には、皮膚を守るために存在している常在菌ですが、アルカリ性になると異常繁殖して、スーパー抗原(ヤブ蚊のかゆみ成分)を分泌するので、それがかゆみの原因になると言われます。


どんな生物にも備わっている「体を適性な状態に戻すメカニズム」をホメオスタシスと呼びます。皮膚を弱酸性に戻そうとする作用は、緩衝能、または中和能と呼ばれるホメオスタシスです。


このような皮膚のホメオスタシス機能を守ることが、犬の場合にも健康な皮膚を維持する条件になります。


 健康に必要な皮脂分をとり過ぎない。(過脱脂状態にしない)


 弱酸性の皮脂膜が皮膚と被毛を守っている


 皮膚の新陳代謝を促進して、正常に保つ


人間の場合は、シャンプーで汚れと一緒に皮脂膜も洗い流されてしまいますが、30分から1時間ぐらいで50%が回復し、4時間で元の状態に戻ります。体温調節のためにかく汗と一緒に、脂分が供給されるからです。


しかし、犬の場合は、皮脂腺からは、皮膚に最低限必要とされる皮脂が供給されるだけです。汗腺がないので、汗と一緒に出る脂分もほとんどありません。そのため、皮脂膜が洗い流されてしまうと元の状態になるまでには、かなりの時間がかかります