犬は口の中で食べ物をよく噛んで食べるということをしません。ガツガツと飲み込むように食べてしまいます。
「犬のようにガツガツ食らう」という表現は、品の悪い、下品な食べ方として使われますが、本来は肉食の犬は、草食動物のように穀物を咀嚼してすり潰してから消化器官に送るのではなく、肉や内臓を切り裂いては、胃袋に送り込むような食べ方をするのが自然なことなのです。
草食動物のように食べ物を咀嚼することはしませんが、臼歯と呼ばれる歯はちゃんとあります。しかし、例えば、上あごの4番目の前臼歯と下あごの1番目の臼歯は、「裂肉歯(れつにくし)」と呼ばれ、上下で噛み合わさって肉切りバサミのようになっているので、草食動物の臼歯とはずいぶん違います。
「犬の歯はみんな犬歯ですか?」と質問した飼い主さんがいるそうですが、犬の歯だから全部が犬歯というわけではありません。犬歯と呼ばれる歯は、力を入れて咬みつくこともできれば、子犬をくわえてそっと運ぶこともできるものです。
「人の表情でいちばんおもしろい瞬間は、食べている時」
あるカメラマンの言葉です。食事中の顔がもっとも個性的で人間らしさが出るので、いちばん魅力的な表情なのだそうです。
今、日本の多くの子どもたちは、非現実の世界で遊べるコンピュータゲームに夢中です。バーチャルな世界にひたっているうちに、現実の生活感は薄れていきます。そして、ゲームの合間にあわただしく口に食べ物を入れるだけの食事では、食べるという実感もありません。
「食事はおなかがふくれればいいんだ」という若者からは、人間らしい魅力的な表情が消えてしまっているというのもうなずけます。
ニートと呼ばれる若者が増えています。社会でいきいきと自分らしく生きようという意欲がもてないという人たちです。
彼らに共通するのは、「おなかが空いた、何か食べたい」ということがあまりなくて、「まあ、そのうち何か食べればいいや」という感覚です。それは、「何かをしよう」とか「働こう」という意欲を失っているモラトリアムな感覚とよく似ています。
食欲を失うということは、新しいことにチャレンジする意欲を失うことに通じるのかもしれません。
犬がガツガツ食べている姿には、生命力を感じることはあっても、下品だなどと思うことはありません。「食べたい」って、とても大切なことなのですから。
ガツガツでも、モリモリでも、元気に食べられることは、生きる力があるということです。
ちなみに「犬食いする」は、器を持たずに食べることで、おぎょうぎの悪い食べ方とされています。人がそんな食べ方をすると食事の作法に反していると言われるわけですが、犬は器を持てませんから、犬を擬人化して下品な食べ方と見てはいけません。
そのかわり、おいしい食餌をいただいたときには、犬はピカピカになるまで器をなめて、きれいにしてくれます。それが、犬の食餌の作法なのです。