人間社会で暮らす動物、いわゆるペットの犬が原因で起こるトラブルは、「飼い主が意識やマナーを向上させることで未然に防げたはず」ということが多いのです。つまり、飼い主が日頃から「ちょっとした気づかい」をしていれば、深刻なトラブルには発展しなかったということなのです。
最近、ペット飼育可のマンションが多くなっていますが、そのようなマンションでさえも、他の住民に迷惑がかからないように配慮するということを怠って、トラブルになるケースが少なくありません。
マンションには全ての入居者が守らなければならない「管理規約」というものがあります。この規約は、「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」に基づいて、マンションの住民及び議決権の4分の3以上で決議されるものです。
管理規約にペットの飼育を禁止する規定があるマンションの場合には、それに違反してペットを飼育することは認められないというのが、これまでのペット・住民トラブルの裁判で下された判断です。
飼い主が、「しっかりしつけをしているから、他の居住者に迷惑はかけない」と考えていても、「この子は家族です」と訴えたとしても、他の人が不快に感じて訴訟を起こした場合、これまでの全ての判例では、犬の飼育禁止や損害賠償の支払い、さらには退去命令といった、飼い主にとっては厳しい内容の判決が出ています。
飼い主にとってかわいがっている愛犬は家族の一員ですが、日本の法律では、犬は動産、つまりモノなのです。犬がその人にとってはかけがえのない、代えがたい存在だったとしても、生きていくために必要不可欠なものだとはとらえていません。
戸建住宅に住んでいる場合でも、散歩のたびにオス犬が他所の家の門柱にマーキングしていたら、おしっこをかけられた家の人は不愉快でしょうし、犬がうるさく吠えまくっていても、「犬は吠えるのが仕事だから」などと言って、飼い主がほったらかしにしていたら、近隣の人たちに訴えられることになります。
「犬の鳴き声」、「悪臭」、「不衛生」がペットトラブルの御三家と言われていますが、例えば「犬の鳴き声」については、「飼い主は犬の鳴き方が異常なものとなって、近隣の者に迷惑を及ぼさないよう、飼育上の注意義務を負う」とする判決が出されています。
犬の鳴き声を騒音公害とする訴訟では、2005年4月の名古屋高等裁判所での判決で、飼い主に対して「犬の飼育禁止」と「損害賠償132万円の支払い」を命じる判決が出されています。
社会生活においては、常識の範囲内の騒音に対しては、お互いにがまんをしようという「受忍義務」と言う考え方があって、がまんしなければならない程度を「受忍限度」と呼びます。
それまでは、この「受忍限度」を超える犬の鳴き声による損害賠償(慰謝料)は30万円程度だったのですが、この裁判では、マンションの階上の犬の鳴き声で階下の住人が慢性的な睡眠不足に陥るなど、大きな精神的苦痛を負ったと判断されたことから、高額の損害賠償となったのです。
ペット可としているマンションでも、受忍限度を超えるような被害を与えたと判断されれば、その飼い主に対して、被害者である居住者は損害賠償を請求できるということを念頭に入れて、マナーを守ってペットを飼わなければならないのです。
欧米ではペットが従順ではないということは飼い主の恥という考え方をしますが、日本では「何もそこまで犬をしつけなくても」といった考え方も多く、その根底には「しつけ」イコール「かわいそう」という意識があります。日本人は、「動物はできるだけ自然なのが良い、強制的に管理するのはかわいそう」と考える傾向があるからです。
「しつけて管理する」という考え方が、日本人の感覚には合いにくいとしても、犬と人とのつきあいに一定のルールがあること、そしてそれを守らせるためにしつけをすることは、社会的動物である犬にとっては、幸せになるために必要なことだということを理解しなければなりません。
犬と一緒に暮らすには、社会的な「たしなみ」が必要なのです。
犬のウンチが落ちていたら、自分が飼っている犬のものでなくても片づけましょう。
それがそのまま放置されていれば、犬を飼っていない人にとってはすべからく犬の飼育に対して否定的な印象を抱かせることになるからです。「ウンチは飼い主が処理する」ことはもちろん、「ウンチは気づいた人が片付ける」ようにすれば、住民とのトラブルに発展することを防げます。
犬の散歩はトイレタイムではありません。しかし、「散歩は犬におしっこやうんちをさせるため」と考えている飼い主がほとんどです。
都市部では、犬の排泄は屋内で済ませ、散歩ではおしっこやうんちはできるだけさせないというのが、正しい認識です。また、室内で排泄する習慣がついていないと、犬が高齢になって排泄の世話をしてあげなければならなくなった場合、いちいち外に連れ出さなければならないので、飼い主には大変な負担になります。
飼い主のことなどおかまいなしといった感じで先を歩いている犬は、ところかまわず排泄をする傾向があります。飼い主が犬をコントロールできてこそ、排泄もコントロールできるのです。
オーストラリアの首都ウィーンでは、飼い主に「犬免許証」を取得させ、犬を散歩させる時には免許を取得していることを表すロゴ・バッジを犬に付けさせるという試みを導入しました。飼い主に犬と行動を共にする際の基本的なルールを徹底して守ってもらい、市民との摩擦を起こさないようにするためです。
犬の散歩のしつけは次のようなものです。
1. 散歩に出かけるときには、ドアあるいは門扉の前で、「スワレ、マテ」をさせます。
早く行きたくてバタバタしている犬が落ち着くまで待って、それから出かけます。犬のペースでスタートすると、次第に飼い主を引っ張るようになるからです。
2. 基本的には犬は飼い主の左側を歩かせます。
犬を自由に歩かせて、リードがピンと張るまで先に行くようだったら、そこで立ち止まります。犬がリードを引っ張ると歩けなくなるということを理解して、飼い主の方を振り向いたら、ほめて歩かせ始めます。それを繰り返して、リードをひっぱらずに歩くようにします。
次に、飼い主の左側のかかとの位置(ヒールポジション)について、犬が歩くようにトレーニングします。
「災害時には困ったことがおこりますよ、だから日頃から犬をきちんとしつけましょう」と言われることもあります。
阪神淡路大震災では、67ヶ所の避難所のうち、80%に当る56ヶ所で被災者とともにそのペットも受け入れていました。そして、48ヶ所の避難所ではペットは他の被災者とのトラブルもなく、共存できていたと報告されています。
しかし、5ヶ所の避難所では、「鳴き声がうるさい」、「くさい」、「不衛生」といった苦情があり、動物アレルギーのある被災者との間でトラブルになって、ペット連れの被災者全員が避難所から退去させられたところもありました。
世の中には動物が嫌いな人も多いのです。ペットがかわいい飼い主はそんな人たちの心情が理解できず、日常生活でも「鳴き声」「排泄」「におい」などで不愉快な思いをさせています。飼い主が日頃からたしなみをわきまえないペットの飼い方をしていることも、避難所でのトラブルを生む原因なのです。
とは言っても、大地震で避難しなければならない時には、迷うことなく、ペットを連れて行って下さい。避難所に入れてもらえないのではないかなどと逡巡していて、逃げ遅れるようなことがあってはならないからです。
姿が見えなくなった犬や猫を探し回って、避難が遅れないようにして下さい。見つからなかったら、ドアや窓を開け放しておきましょう。そうすれば、犬や猫は自力で脱出できるからです。