ペットショップでは、子どもの日にかぶと虫やくわがたの幼虫の特売を組みます。「かぶと虫の幼虫が欲しい」とせがまれた両親は、子どもと一緒にペットショップに出かけますが、その店を出るときに腕にかかえているのは、かぶと虫の幼虫ではなく、ダックスフンドの子犬です。そして、それは子犬との運命的な出会いと呼ばれています。


「人は自分の行動を正当化する心のバイアスを持っている」と言われますが、簡単に言えば、人は何かを買ってしまった後で、それが正しい決断だったと自分自身を納得させるような心の動きをするということです。子犬との運命的な出会いは、まさにそういった心の動きを表すものです。


どんなに冷静に考えたと思っていても、人が何かを購入する場合の90%は衝動買いなのだそうです。「それを手に入れたい」という衝動があるからこそ、消費者は購買行動を起こすのです。


人間の赤ちゃんを含めて、動物の赤ん坊には、ネオテニー(幼生形)という赤ちゃん特有の身体的な特徴やしぐさがあります。そのため、どんな動物でも、その赤ん坊は愛らしいと感じます。ネオテニーの身体的特徴は、どんな動物にも共通していて、大きな丸い目、丸い顔、短い鼻腔部(マズル)で、いわゆる、ベビーフェイスと呼ばれるものです。ポメラニアンやペキニーズは、成犬になってもネオテニーの特徴を持ち続けるように品種改良された犬種で、いつまでも幼い容貌をしていることから、ピーターパン犬と呼ばれたりします。


子犬はむじゃきによく遊び、甲高い甘えているような声を出します。それらも人の母性本能や保護者意識を刺激します。ペットショップで抱っこした子犬を手放したくないという気持ちになるのは、ネオテニーの魔法にかかってしまうためなのです。


ペットショップのマニュアルにこんな一節があります。


『子犬を飼うことに家族全員が賛成していることはまれで、消極的な態度をとる人が必ずいます。その人をその気にさせる話術こそ、商談を成功に導くものです。家族の中で、子犬を飼うことに難色を示す最右翼は、お母さんでしょう。そして、お母さんが唯一、冷静です。お母さんは育てることと、愛することが、どれだけたくさんの努力と忍耐を必要とするかをよくわかっているからです。』


誰でも最初は犬との素敵な生活を夢見ています。例えば、飼い主のひざの上で甘える愛犬の姿です。


ところが、現実はそう甘くはありません。じゅうたんの上だろうと畳の部屋だろうとおかまいなしにおしっこをしてしまい、うんちをすればそれを食べてしまう。食餌となれば、ドッグフードを瞬く間に平らげ、テーブルの上に飛び乗って、飼い主のおかずにまで食らいつくありさま。家具や柱、カーテンなどあらゆるものをかじりまくり、玄関のチャイムが鳴れば、すっ飛んでいって、けたたましく吠えたてます。ひざの上で甘えてくれるはずの愛犬が、飼い主に向かって歯をむき出してうなり声を出したり、本当に噛みついたりするのです。


心温まるペットとのハッピーライフは、もはや望むべくもなく、飼い主は苦悩の日々を送ることになります。多かれ少なかれ、誰もが犬を飼い始めてから「こんなはずじゃなかった」という経験をしているのです。


犬が、コンパニオン・アニマルと認められるのは、人間社会のルールの中で生きる術を身につけられた時です。犬の性質、性格には生まれ持ったものもありますが、飼い主によって後天的に身につく部分も大きいので、その犬がかけがえのないパートナーになれるかどうかは、飼い主次第なのです。


書籍などに掲載されている安心できるペットショップの条件に、「ペットの特徴、健康状態、性格などについての情報を伝えてくれて、お客さまの希望や飼育環境に添うペットかどうかの判断材料を与えてくれるスタッフがいるところ」というのがあります。


確かにそんな対応をしてくれるショップであれば理想的ですが、実際にはきちんと説明をしたくても、お客さまは早く子犬を家に連れて帰りたくてウズウズしていて、スタッフの話もほとんど上の空だそうです。


子犬を衝動買いしてしまった人が、「飼いきれなくなった」と、犬を手放してしまうようなことになるのは、「ペットショップ側の販売姿勢や説明不足に責任がある」という意見がありますが、ショップ側で、「その人がちゃんと飼えるという確証がなければ売らない」などということは、現実にはありえない話です。買った後の責任は、買うという決断をした飼い主にあります。


例えば、初めて車を運転する人は、ディーラーで車を購入しようとする前に、運転免許証を取得します。そうでなければ、車を買っても実際に運転ができないからです。同じように、犬の飼い主免許証を取得していなければ犬を飼えないという法律があれば、誰でも、ペットショップで犬を購入する前に、犬の飼い方を勉強して、飼い主免許証を取得しておくでしょう。


「飼いきれなくなったのは子犬を売ったペットショップのせいだ」と言うのは、無免許の人が事故を起こしたら、それを車を販売したディーラーのせいにするようなものです。ちなみにディーラーでは、車を販売する時に、購入者に運転免許証を持っているかどうかを尋ねることはないそうですが。