
北米でグレイハウンドによる商業的なドッグレースが始まるのは1900年代初頭、電動のウサギが発明されてからのことだ。(中略)
機械のウサギと楕円形のトラックが採用され、競馬に似た形が出来上がった。グレイハウンド・レースは人気を博し、なかでも特にギャンブラーたちの心をつかんでいった。
レース場のオーナーにとっては、馬よりも犬を使うほうが利点が多い。まず、犬であれば75×90×105センチの小さなケージで飼うことができ、しかもそのケージを積み上げておける。食肉処理場から出る高タンパクの廃棄物を利用すれば餌代も低く抑えられる。
そして、もっとも重要なのは、犬は簡単に大量生産がきくことだ。一匹のグレイハウンドの雌が、毎年6匹から8匹ずつ、10年あるいはそれ以上の期間にわたって子犬を産むことができるのだ。この業界の犬繁殖工場では、レース用の商品を安価で大量生産できる。
ファラオや王族の供であったグレイハウンドは、国際的ドッグレース・マシーンの歯車になってしまったのだ。
しかし、原子力発電施設と同じように、グレイハウンド・レース業界も、つねに廃棄物の処理という問題を抱えてきた。レースは若い犬の競技だ。収益性からいって、グレイハウンドのレース適齢期は生後18ヶ月から5歳までの間。業界は解決策として、毎年何万匹という犬を安楽死させてきた。帳簿の「資産」の欄から「負債」の欄に移されればすぐに、薬品か電気を使って殺すか、あるいは単に撃ち殺してしまうのだ。
「生きるために走れ」
トレーナーが餌入れに何も入れずに通り過ぎてしまうのを、ハッピー・ラルフは注意深く見る。これが最初のサインだ。午前中のうちに、駐車場を抜けてトラックへ向かうことになるはずだ。彼は落ち着かない様子で起き上がり、伸びをして、立ち、ドアをじっと見つめる。
ハッピー・ラルフにとって、レースの日の興奮は走ることのみにあるわけではない。それはこの狭苦しい寝所からほんの数分間、外へ出ていられる唯一のチャンスでもあるのだ。
週2回のレースのとき以外、彼はその生活のすべて、1日24時間を、この鍵のかかった90立方センチに満たない空間に閉じ込められて過ごすのだ。(中略)
4年のレース生活で賞金10万ドル以上を稼ぎ出してきたハッピー・ラルフが去るときがきた。レーストラックの厳しい掟では、採算のとれない5歳のグレイハウンドに残された道はふたつだけ。死か、稀にほんのひと握りが里親に引き取られる。
「働く犬たち」 M.ウェイズボード、Kカチャノフ共著 中央公論新社 (2003年5月)より