猿田彦神社を出て道を渡ると、左側は内宮の域内のようだ。しばらく歩くと神宮会館なる建物が見えてきた。神宮の一般財団法人である伊勢神宮崇敬会が運営する、お伊勢まいりのための宿とのことだ。

 雨風がひどくなってきた。「神宮ばら園」と書かれた入口に交通整理の方が立っていたので、内宮へはここから行けるのか尋ねたところ、まだ先だと言われた。

 天候が荒れているがすごい人だ。高田崇史氏の小説「伊勢の曙光」に伊勢神宮の謎として「外宮先祭(祭祀を外宮が先に行うこと)」や、「なぜ天皇は明治の御代まで公式参拝しなかったのか」といった謎を挙げている。また、なぜ内宮より後に創建された外宮を先に参拝するのかという疑問も提示されている。これらについてはネタバレになるのでこのへんにするが、ルートとしては外宮が先の方が周りやすい。

 五十鈴川に架かる宇治橋を渡り内宮へ。雨風はさらに激しくなり、それでも参拝客でごった返している。近くを歩いていた中学生ぐらいの女の子が「あたしらなんか悪いことしたんやろうか。」と大きな声で天気の悪さを神罰のように言っていた。自転車で移動しない日の風雨は、筆者にとって神様のご加護のように思えるのだが。

 内宮の庭園。芝も松も手入れが行き届いている。

 御手洗場(みたらしば)。徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したといわれる石畳が敷き詰められている。朝から雨が降っているのに不思議と川の水に濁りはない。

 五十鈴川上流方面。ここで手を清める。

 神楽殿。菊花紋章が随所に施されている。

 参道脇の森。木々や下草が雨に濡れている。

 内宮に参拝。人だかりがすごい。外宮と同様に、①参道が川(橋)を渡る、②参道が折れ曲がっている、③参道が下がっている、④神殿の周囲が囲われている、⑤最後の鳥居をくぐることができない、といった「怨霊を祀る神社の特徴」とされる要素が見られる。

 皇大神宮(内宮)の主祭神は天照大御神である。相殿神は天照を天岩戸から引っ張り出した天之手力男神(あめのたぢからおのかみ)と万幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきづしひめのみこと)で怨霊の要素は無さそうだが、高田崇史氏の小説「伊勢の曙光」には、内宮の北西の隅に興玉神が祀られているとのこと。興玉神と言えば猿田彦の尊である。また神宮では、興玉神祭が年三回行われていることにも触れられている。

 内宮側面の写真。塀があって中は見えない。資料によると内宮の正殿は女千木に鰹木が10本で女神の様式であり、主祭神である天照大御神が女神であることと一致している。

 御稲御倉(みしねのみくら)。神宮神田で収穫されたイネは抜穂(ぬいぼ)にして、御稲御倉へ納められる場所。祭神は御稲御倉神(みしねのみくらのかみ)である。

 荒祭宮。天照大御神の荒御魂をお祀りしている。

 御池。雨の中でも桜が咲いていた。

 五十鈴川の畔には幟が立てられている。これにて内宮の参拝は終了した。空を見上げても、雨はいっこうに止みそうになかった。

 

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