神戸大学凌霜会の機関誌「凌霜」の連載記事「ここが変わった

神戸大学」に、大学祭と自治会に関する記述がある。

 

1970年前後の大学祭は当時の学園紛争の強い影響を受けていた。

1971年に入学した当時、キャンパスの各所に、中核派、革マル

派、社青同などのセクトの看板が乱立し、部室はアジトになり、

一部の授業は妨害されて休講が続いていた。

 

講義で1番前に座っていると、いつも学生服を着こんだ先輩が

隣に座っていて、自治会の役員を引き継いでほしいと言われた。

 

経営学部の事務長から「六甲台では学生運動に全く関係のない

自治会を作りたい。就職の心配はさせない」と言われて、副委

員長に就任し、六甲台祭の実行委員になった。

 

就職の役員面接では、自治会の役員をしていたことについて質

問を受けたが、事務長からOBを通じて根回しが効いていた。

尊敬する先輩の期待に応えることができてよかったと思った。