豊田市博物館
「伊能忠敬 新しい地図の世界へ」
今のような便利な道具がない江戸時代に、どうやってあの正確な日本地図を作ったんだろうと見てきました。
私の住む愛知県の地図です。
精度がすごいですね
ボケちゃってますが伊能忠敬直筆の家訓書です。
真面目で謙虚な方なんですね。
測量隊に参加するときの誓約書。
役に立たなければ解雇
途中で亡くなったら現地で埋葬
だそうです。
測量のやり方
①距離を測る(忠敬の歩幅が基本!)
②方角を測る(昔のコンパス活用)
③誤差を減らす
④天体観測でさらに精度を向上
これは真面目で几帳面な方にしかできない作業です。
[参考資料]
最古級とされる鎌倉時代の地図
とても地図とはいえないものですが、当時の認識はこんな感じだったんですね。
三河國以東の東日本は欠けていて、太線の外側は海(外国)です。
太線にはウロコがあり、龍の胴体とされています。
日本は昔から龍に守られているんですね。
歩行距離は一日10キロ。
測量時間は午前中のみ、午後は確認や作図。
と、足腰に負担がかかりすぎないようにケアしていたようです。
伊能忠敬は、50歳から暦学を学び、55歳から17年におよぶ測量を行い、73歳で人生を閉じました。
日本地図は未完成だったため、弟子の測量隊は喪を秘して測量を続行し、3年後に完成させ、その後喪を公表しました。
新しく学び何かを始めるには、年齢は関係ないんだな、出来ないことを年のせいにしてはダメだなと思いました。
見に行って本当に良かったです。






