アラカンですが!文鳥と東京暮らしと時々ダイエット

アラカンですが!文鳥と東京暮らしと時々ダイエット

都内在住アラカン主婦です。10羽の文鳥と暮らしています。賑やかなブンチョーズに囲まれて健康、ダイエット、年齢を重ねる楽しさを気ままに綴ります。ぜひのぞいてね。

こんにちは☺

 

今日は、ちょっと切ないおすましスワンおすましスワン、心がじんわり温かくなるような照れお話をお届けします。

 

花一人残された兄とピタンコのお話ハートブレイク

 

兄が中学生の頃、もううん十年も前ですが、我が家は父の海外赴任の関係で家族そろって外国へ移住することになりました。

…が、兄だけは日本に残ることに…。

理由は、通っていた学校が当時は休学制度に対応していなかったこと。

そして、保守的な両親が「将来は日本の大学へ進学してほしいニヤリニヤリ」という思いから兄を親戚の家に預けたのです。

 

そのとき、兄がどうしても一緒に連れていきたいと願った存在がいました。

それが、白くて凛とした目をした小さな白文鳥のピタンコ飛び出すハート飛び出すハートキューン

 

 

 ↑美化してない!

当時、ピタンコは5歳くらい。歌がとっても上手な子でルンルン、兄はそれはそれは可愛がっていましたラブドキドキピンクハートラブラブラブラブ

 

 

花古い屋敷と、ある朝の異変花

 

親戚の家は、まるで時代劇に出てきそうな古くて大きな屋敷。

池まである一軒家でしたが、その分、日々の手入れも大変なものでした。草木ぼうぼう虫多しびっくりみたいな…

 

 

 

 

ある朝のこと。

兄が目を覚ますと、ピタンコのカゴの中がぐちゃぐちゃになっていたそうですびっくりびっくりびっくり

そして、そこに…ピタンコの姿はありませんでした……

 

 

 

 

和式トイレの小さな窓から忍び込んだ野良猫がピタンコを…

たぶん、くわえて出て行ってしまったのだろうと、親戚の方は言っていたそうですえーん

 

 

花誰にも言えなかった涙花

 

その時、家族はみんな海外にいたため、兄は一人でその悲しみを抱えるしかありませんでした。

もちろん、文鳥のことで家族が日本に帰国することもできず…。

 

しばらくの間、兄はただ静かに、けれども深く落ち込んでいたそうですショボーン

 

ピタンコのいなくなったカゴはそのままにされていましたが、やがてカビが出始め、親戚の判断で撤去されましたアセアセ

 

 

 

 

 

花何十年も経ってから、ぽつりと聞いた話花

 

家族は帰国後もその話を兄自身から聞いたことはありません。

一言も語らなかったのです。

 

でも数年前かな、親戚が集まる場で、兄と一緒に暮らしていた従兄弟の一人がふと話してくれました。

 

「僕、あの頃3歳くらいだったけどニコニコニコニコお兄ちゃんがずっと泣いてたのだけは覚えてるんだよね。お兄ちゃんは大人に見えたから、あんなに泣いてたの見たことなくて本当に驚いた…泣くうさぎ

 

その言葉を聞いた瞬間、なんだか胸がぎゅっとしましたキューンガーン赤ちゃん泣き

 

普段は感情をあまり出さない兄が、そんなに深く悲しんでいたこと。

ピタンコという小さな命が中学生だった兄にとってどれほど大きな存在だったか。

 

 

 

 

1半世紀近く経って、ようやくその気持ちの一端に触れた気がしました。


その話をしても兄は黙ってビールを飲んでいて、何も言いませんでした。

 

 

花最後に花

 

大切なものを失った時の悲しみって、なかなか言葉にはできないものです。

それが小さな鳥でも、ぬいぐるみでも、心が結びついていたなら、それはかけがえのない存在。

 

今も兄は語りませんが、私は思っています。

「ピタンコはきっとあの空のどこかで、今も兄のことを見守ってるよ」とスタースタースタースター流れ星

 

 

 

 

こんな話も、時には悪くないですよね。

 

読んでくださって、ありがとうございましたm(__)m