いろいろな意見があることは承知していますが、輿論を統制的に誘導してはだめじゃないかと思います。もちろん、そんなことを鵜呑みにする、視聴者ももっと考えなきゃいけないと思います。
あの凄惨な事故からしばらくが経ちました。
今、マスコミが(一部の馬鹿記者でしょうが:と信じたい。全部がああだと、やりきれないですね)、JR西日本を叩いているのは何の為なんでしょう。
JRを擁護するつもりはありません、しかし、記者がそういったことを言える立場にいるのか、ということは疑問を感じます。
記者たちが、今批判している、「JR職員が救助活動を手伝わず、上司の指示のもの、職場に急いだ」ということですが、人道的には確かに手伝うほうがいいのでしょうが、公共輸送機関の職員としては、業務を遂行することの方がより公共性が高いと判断されたのでしょう。
同じことを記者や、報道スタッフに問いたい。「被害者や救助活動をしている人の邪魔をしたりしている暇があったら、なぜ、救助活動を手伝わなかったのか?」
やってることは、同じじゃないかと思うのですが。違うのかな?
それこそ、大人数の報道スタッフが詰めていたり、近くに、陣取って望遠カメラで、定点観測(苦笑)するのであれば、業務を交代しながらでも、救助の手伝いができたのではないかと考えるのは、私だけではないと思います。
先日、テレビのニュース特番で、アナウンサーが「われわれは事故直後の10時過ぎから、現場に詰めていた」というのを聞いたとき、思わず「邪魔しに行ったの?」と突っ込んでしまいました。
実際、私は、午前中はずっと仕事でしたので、事故の報を初めて受けたのは、お昼休みで食事に行った時でした。
被害者のご遺族友人の方々の想いは察するにあまりありますが、その想いを変な方向に持っていかないで欲しいと思います。
職場のボーリング大会が、そんなに不適切なのか。送別会が、不適切なのか。事故がおこる前の公休で海外旅行に行くのが不適切なのか。居酒屋に二次会三次会に行くのが不適切なのか。
業務後や退出後のことにまで、口を挟むのはやりすぎだと思います。もちそん、自粛するほうがいいとは思いますが、重要度はその人個々人の価値観に依ってしかるべきです。
繰り返しますが、「不適切」と言われた人を擁護するわけではありません。がしかし、いくら重大事故とはいえ、その人にとって重大な恩義を持っている人に(かもしれない)対しての送別会の価値を天秤にとるのは、仕方が無いことだと思います。
自分の持っている「義」が、相手にとっても、「有義」であるとは限らないことを、(特にマスコミに対してですが、)考えて欲しいと思います。
最後になりますが、改めて、犠牲者の方々のご冥福と、被害者の方々のご回復、そのご家族友人の方々の心の安静をお祈りします。
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コメントを頂いたので追記です。(5/7 14:00)
もちろん、企業の責任者としての責任は重大だと思います。
以前、「社長の責任 」で、述べたように、今回の事故に至った管理責任と、売上至上主義による、安全への配慮を怠った責任は重大だと思います。
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ブログを巡回していて、昨日のニュースに遭遇。(5/7 16:45)
光文社の雑誌記者とカメラマンが、不法侵入。本質なことに謝罪せず、上面だけ遺憾の意。取材に影響がでる。って、取材のために法を犯してどうする。コンプライアンスの遵守はしない、と明言しているのか?
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5/11 17:40追記
テレビ(朝日のムーブという番組のマガジンスタンド)で、例の記者はY新聞のT記者ということが、わかったと、新潮の記事になっているのを紹介していた。
そこでは、ほかの記者が苦々しく思っていた、という旨の記事があったようだが、記者たるもの、そこで、たしなめることをしないのなら、同じ穴の狸^h狢のような気もします。
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続編 があります。