某SNSでうら若き女性にリンク申請をしたところ、シュレディンガーの猫についての持論を述べよ、というご下問があったので、貧弱な脳ミソをフル回転させて回答をしたところ、連絡が途絶したというお粗末な事件がありましたので、その顛末を記憶に留めるよすがに不様な回答をここに転記しておきます。www
伝言板に返信しようと思ったのですが伝言板を設置されていらっしゃらないようですのでメッセージ機能で返答させていただきます。
シュレディンガーの猫については知っていますが講談社ブルーバックスとかNHK教育テレビの『サイエンスゼロ』レベルですので持論など残念ながら持ち合わせているはずがありません。
物理学はこのあいだやっと『バークレー物理学』の力学の上巻を読みきったところなので波動、電磁気学を経て量子論まで到達するのには数年かかる見込みです。


ただ存在と非存在が確率的に同時に把握される事態は人間の知性のあり方が線型性という軛に拘束される宿命にあるのに対して現象の背後の、カントであれば物自体と名づけるものが線型性とは無縁な存在であることに由来するのではないかと思料致します。
現象を人間が把捉する際に線型性による切り取りがありうるはずなのですが必ず剰余が付随するのはそのことに関係しているのではないでしょうか。
暗黒物質もそのよう人間の認識に対する現象の剰余を物象化したものに過ぎないというのが私の現在の暫定的な考えです。
伝言板に返信しようと思ったのですが伝言板を設置されていらっしゃらないようですのでメッセージ機能で返答させていただきます。
シュレディンガーの猫については知っていますが講談社ブルーバックスとかNHK教育テレビの『サイエンスゼロ』レベルですので持論など残念ながら持ち合わせているはずがありません。
物理学はこのあいだやっと『バークレー物理学』の力学の上巻を読みきったところなので波動、電磁気学を経て量子論まで到達するのには数年かかる見込みです。



ただ存在と非存在が確率的に同時に把握される事態は人間の知性のあり方が線型性という軛に拘束される宿命にあるのに対して現象の背後の、カントであれば物自体と名づけるものが線型性とは無縁な存在であることに由来するのではないかと思料致します。
現象を人間が把捉する際に線型性による切り取りがありうるはずなのですが必ず剰余が付随するのはそのことに関係しているのではないでしょうか。
暗黒物質もそのよう人間の認識に対する現象の剰余を物象化したものに過ぎないというのが私の現在の暫定的な考えです。