lerbditocee1984のブログ

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「東京裁判で果たしたパール判事の役割忘れない」 モディ首相2014.9.2 11:22 インドのモディ首相は1日夜の安倍晋三首相との夕食会で、極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務め、被告全員の無罪を訴えたパール判事の話題に触れ、その功績をたたえた。モディ氏はスピーチで「インド人が日本に来てパール判事の話をすると尊敬される。自慢できることだ。パール判事が東京裁判で果たした役割はわれわれも忘れていない」と述べた。首相は第1次政権時代の平成19年8月にインドを訪問した際、パール判事の長男、プロシャント・パール氏と面会している。首相の判事への思い入れは強く、両首脳は「歴史」を通じてさらに友情を深めた。インドのパール判事は東京裁判に対する意見書で、戦勝国が事後法により敗戦国を裁くことに疑問を提起し、原爆投下を批判した人物として知られる。「産経ニュース」より時が熱狂と偏見とをやわらげた暁にはまた理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁にはその時こそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くにそのところを変えることを要求するであろう                                            ラダ・ビノード・パール僕が「パール博士の日本無罪論」を読んだのは20代の前半だったと記憶している。今現在は「パール判事の日本無罪論」として出版されているようだ。 あの大東亜戦争(太平洋戦争)とは何だったのか。日本は本当に、永遠に反省をせねばならないほど非道な侵略国家だったのか。日本は最初から誤った戦いをしたのだろうか。僕は十代の頃から、その答えを知りたかった。さらに、戦勝国が戦敗国を裁くなどという愚かしい極東国際軍事裁判(東京裁判)とは何だったのか。今ならネットで読むことも出来るけれど、あの当時は何でもかんでも本に頼るしかなかった。だから時間がかかった。得た結論はこうだった。日本は侵略戦争を行ったのではない。そもそもが、やむにやまれぬ開戦だった、と。東京裁判では、たった1人、パール判事の判決書は読み上げられなかった。しかもその出版も禁じられた。カルカッタ大学総長の職を辞して、東京裁判のインド代表判事に着任したパールの判決文、正確には判決に対する反対意見書になるけれど、英文にして1,275ページ、日本語にして百万語という多数派の判決の分量を上回る膨大なものだった。そしてそれは少数意見として葬り去られた。靖国神社にあるパール判事の顕彰碑に冒頭に上げた文が刻まれている。それがパール判事の膨大な判決文の最後の部分である。 日本を侵略国家だと非難する国がある。彼らはそれに対する謝罪と補償をいまだに求め続ける。そのように教育された国民たちは反日感情をあらわにする。彼らは日本批判をするとき、「アジア諸国は」と口にする癖を持っている。しかしそれは決して諸国ではなく、韓国と中国であることを僕たちは心しておかなくてはならない。ポチポチッとクリックお願いします。人気ブログランキングへにほんブログ村ぜひご覧ください。 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 ...