私が小学校5、6年生の頃のエピソードです。
ある日、学校に塗装工の人たちが来ました。教室や外の塗装が剥げたのを、塗り直しに来たのでした。
おじさん達は白いペンキだけを使い、あちこちを分担して塗っていきます。私たちは授業中おじさんの姿が見えるとそわそわしました。子供の目にはとても楽しい仕事に映ったからです。
おじさん達が教室から見える所で作業していると授業に集中できませんでしたね。なので先生は授業中は姿が見えないところで作業して欲しいと頼んだので、私たちは移動教室や休み時間に少しだけ、ペンキ塗りの作業を眺めることができました。
いろんなおじさんの作業を眺めているうちに、私は塗り方が人によって違うことに気がつきました。それは特に四隅を塗る時にはっきりと分かります。刷毛を四隅に添わせゆっくり丁寧に塗る人もいれば、力を入れてグイグイと押し付けるように塗る人もいます。
もちろん丁寧に塗った方が仕上げは綺麗です。
どうしても塗りづらい所のため、力任せに塗ると早く塗れますが刷毛の跡が汚くつくのです。
私は丁寧に塗られた丁寧な仕事に、心が動かされて、どうしてもお礼が言いたくなりました。
それが変わってるということはもちろんわかっていましたが・・・
勇気を出しておじさんの所に行ってみました。
「おじさんの塗ったの、綺麗に塗れているのね
。すみのところが刷毛の跡がなくてとっても綺麗。」
おじさんはおや?というようにこちらを見上げました。訝しそうに私に言いました。「ゆっくり塗った方が綺麗だから、みんなが気持ちよく使えるだろう?」
「はい。みんなで大事に使います。綺麗に塗ってくれて、ありがとうございます。刷毛の跡が付いてないから、上手なんですね。」
「別におじさんは上手じゃないよ。ただ刷毛を長持ちさせたいから、丁寧に塗っているんだ。刷毛は駄目になったら自分で買わなくちゃいけない。なるべく刷毛を長持ちさせるためには、丁寧に使うんだ。力任せに塗ったら早く塗れるけどあっという間に駄目になっちゃうから、母ちゃんに怒られる。」
そうなんだ
※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆
そして塗装工さんたちのところには、もちろん男の子たちもたくさん見に行きます。
ある時ある男の子がとてもその仕事を気に入って、大きくなったら僕もペンキを塗る人になりたいと言ったそうです。
するとそのおじさんは
おじさんのようになっちゃいけないよ。
ちゃんと勉強していい学校に行きなさい。
今ならまだ間に合う。
おじさんは一生懸命働いても、あまりお金もらえないんだ。
同じ時間働いても、勉強をした人はもっとお金をもらっている。
だから今のうちにしっかり勉強しなさい。
そう言ったそうです。
するとある日、僕もペンキを塗る人になりたいと言った男の子のお母さんが突然、そのおじさんの所にお礼を言いに来たと噂になりました。
お母さんは
「今まで何度もどんなに勉強しなさいと言ってもしなかった子があの日以来一生懸命勉強するようになりました。本当にありがとうございました。助かりました。」
何度もお礼を言い、頭を下げ、お礼に立派なお菓子を渡して帰ったそう。
えええ!

そして、なんと。
後日、そのおじさんは
校長
に会いに行ったという。

お礼を言いたいけど、その男の子の名前が分からないからと。
一体なんのお礼なのか。
この小さな噂が広まった時、ホームルームに担任は今日は特別な話があるからと話を始めた。
例の塗装工のおじさんの話だった。
おじさんは
「家に帰っても給料が少ないからといつもバカにされていた。それがあのお菓子を持って帰ったら、女房がすごくびっくりして結婚して初めていいことがあったと喜んでくれた。こんなに立派なお菓子がもらえるほどいい仕事をしていたんだねと、尊敬して見てくれるようになった。俺はそこでやっと自分の仕事が誇らしく思えたんだ。」
と、オトコのプライドを取り戻した話をしたという。
結局、話を聞いた校長も男の子を特定できず、その子の名札に書かれていた学年にこの話をする事で、名乗り出るんじゃないかとなったらしい。
担任はこうクロージングした。
「みんな、これからはしっかり勉強するんだ。いいな?あのおじさんの言った事を、よく覚えておきなさい。」
他山の石、かい

例の男の子は、こっそり担任に名乗り出た。口コミがメインの時代、あっという間にその子の名前はみんなに知れ渡りましたね・・・
おじさんのあまりにリアルな大人の世界。
ガチの社会勉強ですよ~
本物の働くおじさんが言うから、現実味が違う。説得力がある。
その年の文集にはお約束の「将来の夢」をかかされますが、私達の間では堅実な職業を書くのが暗黙の了解となり
出来上がった文集を見た校長は、いたく喜びましたが

今から思うと時代が変わったなと、つくづく感心します。今同じ事したら・・・
こわっ
