”産業映画”サイコー・・・・・ -2ページ目

”産業映画”サイコー・・・・・

ハリウッド、
ご都合主義、
産業映画、
いいじゃない。

エンターテインメント映画が好きだ。

洋画ばかり見てしまう。

もちろん

日本映画でも好きなものはある。

小学生の時、

『デスノート』に胸を躍らせていたものだ。

しかし、

大学生になり多少は映画について知るようになってから

(少なくとも)劇場でかかっている邦画で絶対観たい!

と思える作品はひとつもない。

それでも希望は捨てず

レンタルでチェックはするようにしている。

しかし、下がり切ったハードルを越えるような

面白い作品にはなかなか巡り合うことが出来ない。

じっさい、ハリウッド映画ですら

最近、心の底から面白い!と思える作品は少ない。

ここ10年だと『ダークナイト』『インセプション』『マンオブスティール』は非常に良かった(ノーランばっかりw)

ちょっとヒューマンになるが

『守護神』『グランドブタペストホテル』などもよかった。

バジェットの問題もあるが、

これらに邦画は追いついていない。

感動しない。

なぜか。

まず題材である。

シンプルさがない。

バットマン、スーパーマン。

それは、だれもが知る超ビッグネーム。

流行の漫画を映画化する邦画会社よ。

大人はそれ、知らないのよ。

ジャンプで売れたから。

それじゃあ名作は生まれないのよ。

まったく王道じゃない。

むしろ邪道であることを自覚してほしい。

クリストファー・ノーランの作品選びは非常に参考になる。

アメコミといったらバットマン!スーパーマン!

SFなら夢モノ、あとは宇宙!

戦争映画なら第2次大戦!

まったくぶれない。

これは完全に私の感覚なので気にしないでもらいたいのですが、

やはり現代人が思う「王道」はノーランの題材と非常に重なる。

そんな新鮮な感覚でいることが、あれほど難解で重々しく作られているのにもかかわらず

全世界の映画ファンが彼の映画を愛してやまない理由なのである。

わたしは

仮面ライダーを是非とも映画化したい。

監督をしたい。

この現実世界に本郷猛を復活させてあげたいのだ。

ここで、第2の問題、キャスティングに移る。

邦画を見て思うのは、

「厚み」のなさすぎるキャスティングだ。

まず旬のイケメン俳優の、まったく考えられていないキャスティング。

刑事モノにもかかわらず、なぜあんなにひょろっこい若者が主役なんだ?

まずもって刑事に見えないし、

なんで20代30代そこらの刑事が主役で活躍する?

まったくリアリティがない。

しかも細い。

これは今の邦画界、深刻だ。

若手の体がみな、薄すぎる。

胸板が薄い。

エンターテインメント映画は

極論、アクション映画である。

にもかかわらずあんなに体の薄いちょろい俳優が画面を闊歩する。

その設定にそもそも乗れない。

大人の観客は絶対に見に行かない。

最近の若手で唯一推せるのは東出昌大さん。

高身長に剣道で鍛えた厚み。

まさに映画の主役の出で立ちだ。

邦画界は彼の重宝に命を懸けたほうがいい。

これはドラマでが、仮面ライダーの良さはやはり骨太な藤岡弘氏の存在だ。

今の若手の100倍深みがある。

わたしが監督するときは

本郷猛は上川隆也さんに演じてもらう。

これはかなり衝撃だと思う。

脇役の刑事で豊川悦司、

おやっさんか緑川博士には仲代達矢。

敵は阿部寛、山田孝之、役所広司。

本郷の妻、るり子には原田知世。

息子や脇の刑事に東出昌大。

これくらいの名優たちによる

オールスターキャストで贈るエンターテインメントでないといけない。

舞台挨拶でこのキャスト陣が並んだときを想像してみてほしい。

予告編でスリリングなかっこいい音楽に乗ってこのキャスト陣が

クロスカッティングするさまを想像してみてほしい。

邦画の歴史が変わるだろう。

映画は人間の演じるものであり、

大人の醸し出す奥行きのある色気、美をぜひとも世間に広めたい。

ちょろい俳優は出さない。

徹底する。

重厚なクライムムービーにする。

テーマも普遍的なものでいい。

シンプルに。

社会契約論にもとづいて、

自然状態と現在の社会の狂気を曝け出すアプローチだ。

そこに仮面ライダーという人類の進化にも絡んでくるような

生命のテーマが結びつく。

これほど良い題材はない。

ウルトラマンはデカい、戦隊シリーズは多い・・・

仮面ライダーは割とリアルに描ける題材でもある。

しかし、大人の観客に納得してもらうには

想像を絶する努力と研究が必要となる。

かつて『インセプション』を劇場で見て

この監督の頭の中はいったいどうなってるんだ!!と思ったあの瞬間から

私はある意味、作り手にとってもっとも悩ましい観客の一人になってしまった。

すなわち、撮影に入る前、作り手たちの半端じゃない会議や監督や脚本家によるシナリオの改稿が感じられる作品かどうか、を厳しく推測・チェックするタイプだ。

ファンには申し訳ないがヒットした『アバター』は正直、がっかりした。

世界観は確かに相当作り込んだのがわかる。

しかしシナリオがあまりにも子供だましなのだ。

あれでは大人は満足しないだろう。

その点バットマンやインセプションを作ったノーランは

作り手の努力がはっきりと伝わってくる。

観客は日常で虚無やトーテム、キックなどまずもって考えないし、発想もできない。

しかし、魔術師ノーランはそんな平凡な毎日を送る我々に半端じゃない刺激をくれる。

映画館で席について作品を観る人に対し、あらん限りの知識とアイデア、そして最高の映像とキャスト、音楽で揺さぶりをかけてくる。これほどまでに純粋なエンターテインメントはない。

そして彼の映画にはエログロがない。これはかなり重要なポイントだ。

bvsで、ザックスナイダーによるエイミーアダムスの風呂場シーンで私は完全にジャスティスリーグから離れた。そういうお色気シーンは本質とは違うからだ。マンオブスティールで泣いたあの感動を返してくれ。

ということでノーランのエンターテインメントのバランス感覚は本当に素晴らしい。

ジョーカーのような”ヤバい”悪役や、アーサーの足を撃つシーンなどのバイオレンスが、子どもの観れるエンターテインメント作品という枠の中でちゃんと機能しているさまはクリエイターとして本当に尊敬する。またよく言われるこのノーランの生ぬるさ。これは批評家の意見とは別の次元の話なのであることは自覚している。クリエイターなら言いたいことわかりますよね?

シンプルな中にもちゃんと爆発はあり、

知的さのなかにも野性味もある。

これがノーランのエンタメのバランスなのだ。

邦画に話を戻そう。

私は大友啓史監督や山崎貴監督が好きだ。

洋画っぽいからではない。

映画っぽいからだ。

邦画という圧力の中でしっかりと戦っていらっしゃる。

なぜ日本人なのに金髪や茶髪のやつばっかりなんだ?というツッコミはあるものの

やはり作り手として「るろうに」は背中を押された。

やはりキャスティングは好きになれないが

アクションシーンはいくつも好きな箇所がある。

剣から火が出るというビジュアルを一つ作っただけで

勝ちである。素晴らしいです。

ただ、ちゃんとした映画に見える基準を

いまの邦画はあまり超えていない。

基礎が出来ていない。

基礎をぶっ飛ばすくらいの衝撃的な傑作として

オールスター名優キャストによるエンタメ作品をわたしは期待する。

そしていずれは

スターウォーズを超えるようなスペースオペラや

オデュッセイアを作りたいと思っている。

ノーラン、つぎはオデュッセイアじゃないかなぁと思ったりw

最後に・・・

映画製作はやはり

はやいもん勝ち、そして、やったもん勝ち。

二番煎じになりたくないのなら

新しいものに挑戦するしかない。

デザインひとつにしても妥協したくない。

カ今の邦画の美術はお世辞にもかっこいいと言えない。

抜本的な改革が必要だ。

作り手の手抜きは

大人はわかるし、

子どももわかる。

シナリオもちゃんと練ってほしい。

シンプルな枠組みの中で半端じゃない爆発。

それとキャスティング含めたビジュアルの重み。

これらをクリアして、まず

ちゃんとした映画を作る事。

邦画の最優先課題である。