恋だって、愛だって。

 

しかしながら、「自分の思う通りに動いてほしい」と思うこと自体は、やはり人間の性なのではないかと。恋とは何か、愛とは何か。

 

探求。

 

ソウルメイト論、ツインソウル論。

 

いや、話はソウルメイトやツインソウルという話題を飛び越えるものである。

 

自分の思う通りに他人が動いてほしいと思うのは、人間であるならば仕方がないことなのであり、避けられないのではないか。

 

それとも、そうしたエゴを自分の心から完全に切り離せというのだろうか。こうしたエゴというのは、人間にとっては至極当たり前なのであり、人はそうしたエゴの存在を認め、そのうえで行動をとるべきなのではと。

 

人はだれしも欲を持つのだ。誰だって欲は持つ。誰だって他人に対してこのように動いてほしいと思ったりする。それはごく当たり前の行動なのであり、自然な行動なのである。

 

心の上での美化。

 

そのエゴを殺せというのか。そのエゴを殺すことは自分を殺すことである。そういう理論なのではないか。それとも?

 

ソウルメイト、ツインソウル論に沿っているのか、どうかというのは分からないが。しかしながら、いずれは人と付き合うということは、こうしたエゴと対峙することになり、そうした中において他人とどのように付き合っていくのかという事を、いつも考えていかなければならない。

 

人は自分の思うようには動いてくれない。当たり前のことである。当たり前のことなのであるが、どうしても自分の思うようになってほしいと思うことは人間の性なのであり、自然なことなのではないか。そして、それすらも止めろというのは大変なことというか、ほぼ不可能に近いことなのではないだろうか。それすらも止めろというのか。いや、頭の中では分かっていたとしても、他人が自分の思う通りに動いてほしいと思うことについては、人間の本能的なところに結びつくのだろう。無理な話。

 

人ではなくなる。