ある講演会で講師をされている方が、ゲイであることを告白した。講演会で講演を聞いている人にとっては衝撃的な内容だったに違いない。

しかしながら、中には共感を抱く人もいたはずだ。

性的マイノリティというのは人間に限った話ではなく、実は自然界においては当たり前の話となっている。動物にも育児放棄があるように、人間にも育児放棄があるのだが、人間の場合はまだ理性で育児放棄問題には立ち向かえる。

性的マイノリティに話を戻す。ツインソウル論によく出てくるのは二つに分かれたものが統合する、もしくは学ぶために二つに分かれているというものである。この二つに分かれるというもには、色々な形が存在する。完全に真っ二つもあれば、8対2だったり、凸凹だったり。本当に色々な形がある。

ツインソウル論を説くときに、肉体的に2つに別離しているのか、スピリチュアル的に別離しているのかが問題になる。このあたりが人によって解釈が変わってくる。

ゲイ、レズ、トランスジェンダー、バイセクシャル。色々な性的マイノリティの形があるわけなのだが、人によって価値観が変わるのは当たり前。ただ、そこにスピリチュアル的要素が関わるかどうかという話になるとまた別だろう。

考え方としては引き合わせるということだろうか。あるタイミングになって、見えない存在やらハイヤーセルフといったものが引き合わせるということなのだろうが、そのあたりは専門家でもないので分からない。

ただ似た者同士は集まりやすい。それは万物の法則。それは性的マイノリティの場合においても同じ。それは明確に言えるだろう。

スピリチュアル的な視点において、性的マイノリティを説くというのは難しい。今のところ、似た者同士は集まりやすいということだろうか。性格的な話になればまた別だが。

達観すれば肉体的な話は、もはやどうでもいいのだろう。ただ、そこに愛があれば。