やっと須弥山周り終わって七金山です。
須弥山の周りには七つの山と、山と山の間の七つの海があります。須弥山は四宝でできていますが、七つの山は金でできているので七金山と呼ばれます。(ただしアーガマ系では四宝に赤珠(lohita-muktā)・硨(musāra-galva)・瑪瑙(aśma-garbha)を合わせた七宝(sapta-ratna)でできていることになっています。素材だけなら須弥山より豪華です。)
七つの山の名は大体『倶舎論』と共通していますが、『瑜伽論』だけ配列が変わっています。あと、アーガマ系も配列が変わっているほか、七金山のすぐ外に、世界の外辺にある鉄囲山とは「別に」鉄囲山があることになっています。(この「内」鉄囲山も七宝でできていることになっているので、外の山と比べて豪華仕様です。)
七金山は外側に向かって高さと幅がほぼ半々にどんどん小さくなっていきます。詳しくは、以前の「サイズ感」で表にしたので省略しますが、『倶舎論』と『立世論』の断面図を挙げておきます。
『立世論』は最初の須弥海(須弥山と持双山の間の海)の幅が『倶舎論』の半分になっているのと、海の深さが山の高さに応じて外側に行くほど浅くなっていくのが特徴です。こうして図にすると外側の海が随分浅くて心配になりますが、外海でも深さ312.5由旬(2,500km)あるので、現実の地球だとマントルの奥の方に達している深さです。十分すぎます。
山の形状ですが、説一切有部系だと全て四角枠になります。一番内側の持双山の周囲の長さが一辺の長さの4倍としているので、当然正方形です。で、その外側の山も円輪形にしてしまうと、サイズ的に内側の山の角につっかえるので四角枠にするしかありません。すると結果として七重の四角枠になるわけです。
アーガマ系は全く逆の理由で全て円輪です。一番外側の鉄囲山(Cakra-vāḍa)に梵語の円(cakra)の単語が入っているので円輪形で、内側の山も角がつっかえないように円輪にするしかなくなるので、こっちは八重の円輪になります。
ちなみに図では水上の山の断面も正方形に描きましたが、これは絶対ではありません。須弥山は底面も一辺80,000由旬、頂面も一辺80,000由旬なので立方体と考えるしかないですが、七金山、例えば持双山は幅も高さも40,000由旬とあるだけなので、一般的な山と同じく上に向かって狭くなる三角形としても経典の記述とは矛盾しないわけです。まあその場合は水面から下は長方形で上が三角になる「鉛筆型」になるので断面を見るとあまり恰好は良くありませんが。
この七金山で囲まれた世界の中心のエリア(『倶舎論』だと一辺556,250由旬、『立世論』だと一辺476,250由旬の正方形、『世記経』だと直径591,200由旬の円)が一種の「聖域」となっています。須弥山図なんかだと七金山が金輪の外辺近くまで迫ってきており、四大洲は縁のあたりにちぢこまっている絵がよくありますが、金輪の直径1,203,450由旬のうちの50万由旬なので、相対的にそんなに大きくありません。コンパクトに収まった聖域です。
この聖域は
- 人間ではなく四天王の眷属の天人が住んでいる
- 世界ができるとき七金山は中等の素材で作られたが、その外側は下等の素材で作られた。
- 七金山の外の海は塩辛いが、内側の七海(sapta-śītāḥ)は八功徳水(aṣṭāṅgopetaṃ pānīyaṃ)という聖水で満ちている。
など明らかに外側の世界と差別化されています。さらに七金山と四大洲の間には何か結界のようなものがあるようで、『立世論』によれば南贍部洲の人間は特別な神通力を借りなければ、南贍部洲の中央にある黒山を越えて七金山側に行くことはできないとのことです。
「八功徳水(はっくどくすい aṣṭāṅgopetaṃ pānīyaṃ)」は具体的に甘い(svādu)、冷たい(śītala)、軟らかい(mṛdu)、軽い(laghu)、清浄(accha)、臭わない(niṣ-pratika)、飲んでも喉を傷めない(pibataśca kaṇṭaṃ na kṣiṇoti)、飲んでも腹を壊さない(pītaṃ ca kukṣiṃ na vyābādhate)という功徳があるとのことです。これを見てちょっと滑稽に思えるのは、我々が日本に住んでるからでしょう。世界の水事情を考えれば、安全でおいしい水であふれる楽園というのは少しも笑うべき想像ではないはずです。
ちなみに軟らかい(mṛdu)は「柔軟、繊細」という意味合いで、水のミネラル分の有無は関係ないので念のため。


