正確には地上の九山八海というより天界(地居天)に属するんですが、須弥山と一体になっている四天王天について。

 

三十三天の神々を守る眷属として、須弥山の山腹に四天王を頂点とする四つの天界が存在することになっています。

 

ここでの統一表記で書くと

・四天王天(catur-mahārāja-kāyika)

 ・持国天(dhṛtarāṣṭra)

 ・増長天(virūḍhaka)

 ・広目天(virūpākṣa)

 ・多聞天(vaiśravaṇa)

・恒憍天(sadā-mada)

・持鬘天(mālā-dhara)

・堅手天(karoṭa-pāṇi)

といった感じです。

 

ちなみにこれらの神々については詳述しません。四天王は後に密教が興ると護法神としてメジャーになりすぎたので、よそを見た方がいろいろ詳しく書いてるでしょう。恒憍天以下の三夜叉神については、四天王と対照的に経典にほとんど記載がありません。経典で諸神を列記している中で、有象無象の神の一人として時々顔を出すことはあるみたいですが、神としての輪郭はほとんど分からない形です。

 

この諸天は須弥山の中腹から下に何層かに分かれて山体から張り出したベランダ状の空間にあることになってます。もっともメジャーな形状は

のようになってます。海抜1万、2万、3万、4万のところに下の方ほど広くなった天があることになってますが、下の三天が1万由旬ずつ低くなって最下層は海面上になっている異説もあります。高波が来たら大変そうです。

 

ちなみに『瑜伽論』は、持鬘天に変わって血手天(rudhira-pāṇi)という物騒な名前の夜叉神を置いてます。

 

『立世論』だと形状がまた違って

のようになってます。常勝天は恒憍天のことかもしれません。ただmada(高揚した、驕り高ぶった、酔っぱらった)を「勝」と訳すのは無理があるかも…いずれにせよ、梵語原典が散逸しているので不明です。

こちらでは一番偉い四天王天が最下層な代わりに一番広い空間を占拠してます。タワマンの上層が偉いのか下層が偉いのか、神々のヒエラルキーも難しいですね。

さらに海面上にはナーガとガルーダの住処があります。この下の海底には阿修羅の住処があるので、なかなか混雑した幻獣ランドとなります。

 

アーガマ系は少し特殊で

と張り出しがかなり狭いです。もっと言えば張り出しを階道(sopāna)と呼んで「斜めに海上に降りている」と記載しています。これだけ読むと、ベランダではなく海上から螺旋状に登っていくスロープなのではないかという感じもしますが、記載が少なすぎてよく分かりません。

 

張り出しの厚さは唯一『立世論』に50由旬との記載があります。『倶舎論』の堅手天の16,000由旬の張り出しを支えるには、たわみ強度がかなり心配になりますが、神々の住処なのだから当然に剛体なのでしょうね。

 

張り出しの材質はアーガマ系では「七宝」、『頂生王因縁経』では「四宝」となっています。個人的には須弥山の各側面の四宝と同じ材質と考えるとすっきりする気はしますが…

 

『正法念経』の記述だけがいささか特殊で、一辺1,000由旬の正方形の住処が10個あって、これが4層あることになってます。で、この十地は南面・西面・東面に2つ、北面に4つ配置されているとのこと。この配置は最下層の鬘持天だけの説明ですが、上の3層も同じ構造になっていると仮定すると

一層(鬘持天)  南面:白摩尼・峻崖  西面:果命・白功徳行

         東面:常歓喜・行道  北面:愛欲・愛境界・意動・遊戯林

二層(象迹天)  南面:行蓮華・勝蜂  西面:妙声・香楽

         東面:風行・鬘喜   北面:普觀・常歓喜・愛香・均頭

三層(常恣意天) 南面:歓喜岸・優鉢色 西面:分陀利・衆彩
         東面:質多羅・山頂  北面:摩偷・欲境・清涼池・常遊戯

四層(三箜篌天) 南面:乾陀羅・応声  西面:喜楽・探水
         東面:白身・共娯楽  北面:喜楽行・共行・化生・集行

四天王天     全面:行天

なる住処があるとのこと。

 

四天王の配置も変わっていて、増長天は四層の喜楽行天に座していて、広目天は集行天に座していますが、残りの増長天と多聞天は日月星宿天の方にいることになっています。四方を守るという定位置ができる前段階で、二柱は須弥山の守護専従だけど、もう二柱は巡回担当というなかなか面白い分担です。

 

『婆沙論』によれば、四天王の眷属たちは七金山にも日月星宿にも住んでいて、欲天の中でも最も広いとの記述があります。随分植民活動が盛んなんだととも思いますが、『正法念経』などの記述だと、四天王天は天界の予備軍で、善根を積んだ人間はまず四天王天に生まれ変わるそうです。良いことをした人間がどんどん生まれ変わって押し寄せたら、須弥山のへりに張り付いてるだけの四天王天ではとても間に合わないので住拠をたくさん用意しているという発想ですかね。

 

コスモロジーの部分だけ見てると忘れがちですが、インドは基本輪廻&ヒエラルキー思想なので、天界に生まれ変わるにも段階を設定しなければ気が済まないのでしょう。新参者は七金山の外辺とか空の果ての小惑星とかから初めて、生まれ変わるごとに須弥山に近づき山腹の四天王天を経て、本当に選ばれし者だけが須弥山山頂の天界に到達、みたいな出世ゲームがそこにあるのかと。