須弥山の続きで、側面の素材の話。

 

須弥山の四面は、四宝(catū-ratna)と呼ばれる鉱物でできていて四方に輝きを放ってます。まさにモノリス。

四宝の訳語は表記ゆれが多いので、ここでの表記は以下に統一します。

・金(suvarṇa)

・銀(rūpya)

・瑠璃(vaiḍūrya)

・水精(sphaṭika)

瑠璃はいわゆるラピスラズリ、水精は水晶です。

 

で、どの面が四宝のどれになっているかについて、『倶舎論』はじめとする多くの経典では

・北面 - 金

・東面 - 銀

・南面 - 瑠璃

・西面 - 水精

となっています。

 

ただ多少異説もあり『立世阿毘曇論』では

・北面 - 瑠璃

・東面 - 金

・南面 - 水精

・西面 - 銀

『正法念処経』『瑜伽師地論』では

・北面 - 水精

・東面 - 銀

・南面 - 瑠璃

・西面 - 金

となっています。

 

四面の素材が各面で違っていてだからどうしたという話ですが、須弥山の「威徳」によりこの四宝の色が須弥山世界の四方の空と海の色に影響している。つまり、南贍部洲以外の世界に行くと、空も海も全く色が違う異世界になるそうです。なかなか面白い。

南面は瑠璃なので我々が住む南贍部洲の空は瑠璃色なのだということが諸経典に書いてます。空が青いのは皆知っていることですが、世界の中心にある巨大パワーストーンの光明で照らされた世界に生きていると言われるとちょっと情緒がありますな。

 

一方で、他の三面が何色かというのは実はほとんど記載がない。唯一記載がある『正法念処経』では

・北面 - 水精 - 白光明色の空

・東面 - 銀  - 白色の空

・南面 - 瑠璃 - 青色の空

・西面 - 金  - 赤色の空

となっています。

海の色はアーガマにもアビダルマにも記載はなく、はるか後代のモンゴル帝国時代に作られた『彰所知論』『仏祖歴代通載』に

・北面 - 金  - 黄色の海
・東面 - 銀  - 白色の海
・南面 - 瑠璃 - 青色の海
・西面 - 水精 - 紅色の海

と記載されています。須弥山の四面の素材が異なっているので空と海を統合した一覧にできないのがもどかしいところ。

 

個人的に興味深いのは、西方が空も海もコア化して「赤い」ところ。『正法念処経』の金が赤く照らしてるのもちょっと不思議ですが、『彰所知論』の水精が海を赤く照らすのも変な話。『一切経音義』によれば、水精は紫・白・紅・碧の四色があるそうなので、赤い水精(ローズクォーツかもしれないし、ルビーのような他の宝玉も含めちゃってるのかもしれない)はあるにはあるんでしょうけど、ともかくまず「西方は赤い」という観念があって、そこに理論を合わせてるのがはっきり分かるんですな。

 

これは個人的な見解だけど、インドの西側のアラビア海は、古代ギリシア語でも中世アラビア語でも「赤い海」と呼ばれていたそうで。

『正法念処経』が書かれただろう時代はローマ帝国との海のシルクロード貿易の最盛期だし、『彰所知論』の書かれた時代は「パクス・モンゴリカ」と呼ばれ、ユーラシアの交易がかつてなく活発になった時代。おそらく「西方地中海世界へつながる赤い海」の情報もどっと入ってきていたでしょう。そのあたりの異国情報を仏教世界観に入れ込んだのがこの赤い海ではないかと。

ちなみに言うまでもなく、現実のアラビア海は赤くもなんともありません。この海をギリシア人がなぜエリュトラー(赤い)海と呼び出したかはよく分からんそうです。

 

しかし、真っ赤な空、真っ赤な海か…なんか昔のソ連アニメの世界のようなシュールさがあります。