金輪の上に浮かんでいる巨大な9つの山とその間の8つの海が「九山八海」です。

 

読み方は「くせんはっかい」。特段の慣用読みがない限り、漢籍は漢音読み、仏典は呉音読みがセオリーです。例えば「白山」という語が出てきたら、それが漢籍なら「はくざん」、仏典なら「びゃくせん」と読むのが原則。だから「きゅうざんはっかい」「くざんはっかい」は、誤りと言わずとも伝統的なセオリーに反する読みです。

 

まあ、「六道」に「ろくどう」という呉音読みが普及しているのに、わざと気取って「りくどう」と漢音読みする流れもあったり、カオスっちゃカオスなんですが、だからといって読みのセオリーが何もないと言うのはまた違う。日本人が仏教という異文化・異言語を受容して消化してきた長年の歴史があって、現代の我々は巨人の肩の上に乗っているわけなので、それを全否定するのはやっぱり傲慢です。

 

本題に戻って、『倶舎論』準拠で九山八海を描くとこんな感じ

 

中央に立方体の須弥山があり、それを囲むように正方形枠型の七金山があり、一番外側に丸枠型の鉄囲山がある構造ですね。仏教は完全に地球平面説ですが、外枠があるおかげで世界の果ては滝になってたりはしないわけです。

 

人間の住む四大州は形が分かるように大きめに描かれていることが多いですが、直径約120万由旬の円の中で一辺2,000由旬の島なので、寸法通り描くとただの「点」です。

 

九山八海の名前ですが、経典によって音写にしたり訳語にしたり表記ゆれが多いので、ここでの統一表記として真ん中から外側に向かって挙げておきます。

・須弥山(Sumeru-giri)

・七山(sapta-haimāḥ)七海(sapta-śītāḥ)

 ・持双海

 ・持双山(Yugaṃ-dhara-giri)

 ・持軸海

 ・持軸山(Īṣā-dhara-giri)

 ・檐木海

 ・檐木山(Khadiraka-giri)

 ・善見海

 ・善見山(Sudarśana-giri)

 ・馬耳海

 ・馬耳山(Aśva-karṇa-giri)

 ・象鼻海

 ・象鼻山(Vinataka-giri)

 ・魚嘴(持辺)海

 ・魚嘴(持辺)山(Nimiṃ-dhara-giri)

・鹹海(lavaṇa-sāgara)

・鉄囲山(Cakravāḍa)ないし大鉄囲山(Mahā-cakravāḍa)

 

なお、魚嘴山は華厳系の経典で使われる「持辺山」がメジャーですが、アビダルマ系では「魚嘴山」が一般的なので、こっちの訳を使います。

 

海の名前も山名と同じく、持双海=*Yugaṃ-dhara-śītāといった梵名になるはずですが、梵文文献に残ったものがないみたいなので、記載しないでおきます。

 

九山八海は真ん中の須弥山が一番高くて端に行くに従い低くなっていくのが基本構造ですが、具体的な寸法は下のとおりです。

『倶舎論』を読んで本当に感心するんですが、文章がとにかく明晰で無駄がない。必要十分な文章のとおりに計算していくときっちりした世界図が描けてしまう。作者の「世親」の頭脳に感服というか、理論というのはこう描写するのかと素直に勉強になります。

須弥山世界自体は多くの経典で語られてて、大仰な言葉と冗長な寸法表記がダラダラ並んでるんですが、世親が整理しなければ仏教の標準宇宙観としては残らなかったと断言していいと思います。

後に『華厳経』が「蓮華蔵世界」という全く別の宇宙観を作るんですが、大仰な表現と細部に異様に細かい描写が多い割には大枠の世界のフレームがはっきりしなくて、あんまり普及しませんでした。

ただ唯一不可解なところが一番外側までの寸法。金輪の幅1,203,450由旬よりも2,575由旬足りない。鉄囲山の外側に変な余り空間ができてしまうことになります。『倶舎論』のベースになったと思われる『婆沙論』ではこの誤りに気付いて半径で1,287.5由旬を足すべきだという説が書いてあるので、おそらく世親は「分かってて」あえてそのままにしてると思われます。なんか深宇宙を眺める展望台でも置いときますか。

 

そしてもう一つアビダルマ系の経典の寸法

一応計算合わせてますが、寸法にかなりの混乱多いです。一応経典なんだから、足し算くらいちゃんと検算しようよ…

一番致命的なのは、七山の「外側」に七海を置いてしまっていること。これだと魚嘴海と鹹海の境目がなくなってしまう。七海の香水は飲んでも腹を壊さないそうですが、外側の塩水と混ざったらダメですなあ。腹壊します。

 

そしてアーガマ系の寸法を二つほど

『大楼炭経』の山名は音写の乱れが激しいのでちょっと怪しいですが、他のアーガマ系の山と「だいたいあってる」としてます。

 

アーガマ須弥山世界の特徴は、七金山のすぐ外側に外輪山として鉄囲山があり、その外側に四大洲があること。で鉄囲山は「円輪」の意なので丸いです。すると寸法の関係で内側の七金山も全て丸いことになります。(象鼻山が正方形だとすると角が外側の鉄囲山とぶつかります。)

あと、無限遠の世界の果てに高さ・幅が680万由旬という超巨大な大鉄囲山(Mahā-cakravāla)が二つあって、その間に辺獄世界があるという独特の世界観です。

現世と地獄が絶対に交わることがないよう、壮大な世界壁を作ったんでしょうが、ちょっとバランスがおかしいです。

特に『世記経』の大地三輪は厚さが合わせて約18万由旬しかないので、上に680万由旬の山が二つ乗っかったら明らかに過積載です。たわんで破れて世界が下に落っこちます。