地球熱帯化現象のせいで、苛烈な暑さが続いています。(決して、地球温暖化現象といった生易しいものではないです。)
こんな暑い夜には、怪談というのが定番ですが、ここでは、怖い音楽。
クラシック音楽の怖い音楽というのを考えて見ます。
クラシック音楽世界三大怖い音楽です。

まず第一に、ノーノの「力と光の波のように」です。
これは、声楽入りの管弦楽曲ですが、現代音楽の典型の響きです。
編成はさほど大きくありませんが、迫力が凄い。
そして、非常に怖い。
私も、ノーノの作品集を一枚購入して聴いてみたのですけれど、あまりの怖さに、前半の「力と光の波のように」を聴いただけで、後は怖くて聴くことが出来ませんでした。
もう一度聴き返すだけの度胸はありませんでした。
ノーノは、イタリア共産党の党員だったと聞きますが、イタリア共産党が分裂したときにどの党に行ったか非常に気になります。
私は、ヘルベルト・ケーゲル指揮のライプツィヒ放送交響楽団の演奏で聴きました。

次は、ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」です。
これは、54の独奏弦楽器の合奏の曲です。
リヒャルト・シュトラウスの、「23の独奏弦楽器のためのメタモルフォーゼン」を意識したものかもしれません。
リヒャルト・シュトラウスの作品には、戦争に翻弄されたドイツ文化に対する哀歌のようなものを感じられさせますが、まだここには最後のロマン派の作曲家としてのたたずまいをも感じされられます。
ところが、ペンデレツィキのこの作品には、哀歌と称していますが、リヒアルト・シュトラウスの作品に感じられる感傷のようなものは一切ありません。
ただひたすらに悲惨なトーンクラスターの音響が繰り広げられます。
最初は、この表題がついていなかったらしいですけど、これこそは原爆の恐ろしさを音楽として表現した最高のものと感じられます。
私は、ヘルベルト・ケーゲル指揮のドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で聴きました。

第三は、ベルクの「ルル組曲」です。
歌劇「ルル」から、5曲が作曲者自身によって編曲されています。
ベルクは、歌劇「ルル」を第2幕まで完成して、第3幕は未完のままに終わりました。
この「ルル組曲」には、完成されなかった第3幕のラストシーンの音楽も含まれています。
最初からただならぬ雰囲気が漂っているのですが、特に最終曲のラストシーンの音楽が心臓に悪いぐらい怖いです。
私は、ヘルベルト・ケーゲル指揮のライプツィヒ放送交響楽団の演奏で聴きました。

ここまで書いてきて、あるひとつのことに気がつきました。
それは、ここにあげた音楽は全部ヘルベルト・ケーゲル指揮の演奏だということです。
音楽の怖さを知らしめてくれたのは、作曲者はもちろんのこと、ケーゲルの演奏も大きな力があってのことでしょう。
返す返すも、ケーゲルが拳銃自殺をしたことが悔やまれてなりません。
許光俊が、「生存していれば、世界最高の指揮者になっていた」と書いていましたが、まったくそのとおりだと思います。

ほかに、ケーゲルの怖い演奏には、ほかにもビゼーの「アルルの女」組曲、アルビノーニの「アダージョ」、ヴィヴァルディの協奏曲集があります。
関心のある方はどうぞ聴いてくださいですけど、何が起こっても、私は責任を取りません。

クラシック音楽世界三大怖い音楽を書くつもりでしたが、ケーゲル三大怖い音楽になってしまいました。