最近私は、青春時代に聴いた音楽を改めて聴き直すことが多いです。
リヒァルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」も初めて買ったクラシック音楽の音楽テープの一つです。
今回改めてCDで聴き直そうと思って店に行ったのですが、私が最初に聴いたメータの録音が店頭になかったので、やはり当時よく聴いた演奏家ショルティの録音を購入してきました。
珍しくベルリンフィルを指揮した演奏です。
聴く前にはダイナミックな表現をやり過ぎがちになるショルティと、暴走することもあるベルリンフィルとの組み合わせなので、どんな爆演をするのかと期待しました。
ところが、良い意味でその期待は裏切られました。
有名な序奏こそはティンパニ強打の爆演でしたが、主部の「後の世の人々について」に入ると抑制の利いたむしろデリカシーに溢れる演奏でした。
この印象は全編を通じて一貫していました。
よくよく考えるとこの「ツァラトゥストラかく語りき」という作品は冒頭が余りにも有名すぎてスペクタクルに満ちた作品であるかのように思い込まされていましたが、実は全体としては繊細な響きの作品であると気が付きました。
また、ショルティについても雷太郎だとか兄貴だとかのあだ名がついているように豪快なダイナミック一辺倒の芸風ではなくて、実はデリカシーにも欠けてはいないということは、私も以前から気付いていた所です。
マーラーの復活を聴いた時にも、暴力的な第1主題のあとでデリカシーに溢れる第2主題が出て来た時に驚かされたことがあります。
いずれにせよ、この演奏は、私がこの曲にはニーチェの深い精神性が表現されていると信じて疑わなかった若い日の思い出を蘇らせるには充分でした。(もっとも、この作品には別の意味の精神性が反映されてはいますけど。)
ワーグナー、マーラー、そしてリヒァルト・シュトラウスの音楽は、私の青春と共にありました。
リヒァルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」も初めて買ったクラシック音楽の音楽テープの一つです。
今回改めてCDで聴き直そうと思って店に行ったのですが、私が最初に聴いたメータの録音が店頭になかったので、やはり当時よく聴いた演奏家ショルティの録音を購入してきました。
珍しくベルリンフィルを指揮した演奏です。
聴く前にはダイナミックな表現をやり過ぎがちになるショルティと、暴走することもあるベルリンフィルとの組み合わせなので、どんな爆演をするのかと期待しました。
ところが、良い意味でその期待は裏切られました。
有名な序奏こそはティンパニ強打の爆演でしたが、主部の「後の世の人々について」に入ると抑制の利いたむしろデリカシーに溢れる演奏でした。
この印象は全編を通じて一貫していました。
よくよく考えるとこの「ツァラトゥストラかく語りき」という作品は冒頭が余りにも有名すぎてスペクタクルに満ちた作品であるかのように思い込まされていましたが、実は全体としては繊細な響きの作品であると気が付きました。
また、ショルティについても雷太郎だとか兄貴だとかのあだ名がついているように豪快なダイナミック一辺倒の芸風ではなくて、実はデリカシーにも欠けてはいないということは、私も以前から気付いていた所です。
マーラーの復活を聴いた時にも、暴力的な第1主題のあとでデリカシーに溢れる第2主題が出て来た時に驚かされたことがあります。
いずれにせよ、この演奏は、私がこの曲にはニーチェの深い精神性が表現されていると信じて疑わなかった若い日の思い出を蘇らせるには充分でした。(もっとも、この作品には別の意味の精神性が反映されてはいますけど。)
ワーグナー、マーラー、そしてリヒァルト・シュトラウスの音楽は、私の青春と共にありました。