先日、弟一家が鎌倉に連れて行った三代目ミーのその後が気になって、今日弟に電話をしてみました。

長時間の自動車による移動で、かごの中に閉じ込められたミーが無事だったかがまず気になりました。

幸い、ミーは元気だとのことです。

えさも良く食べるし、元気に動き回っているそうです。

さぞや甥っ子もミーに夢中だろうと思っていると、意外なことにミーを怖がっているとのこと。

爪を立てられたりするからだそうです。

子猫4匹のうちで一番発育の悪かったミーが、真っ先に安住の地を見つけたということになります。

残りの3匹の黒猫も引き取り手が見つかるといいのですけど、こればかりは思い通りになりそうにありません。

今日も母猫のふじと一緒にえさを食べにきていました。

将来は野良猫として周囲に散らばっていくのでしょうか。

そう考えると、なんだかつらいものがあるのですが、こればかりはどうしようもありません。


話が変わりますが、今日はNHK教育テレビの番組が充実していました。

日曜美術館ではセガンティーニの特集を放送していました。

セガンティーニといいますと、よくマーラーのレコードのジャケットに使われていることもあって、なんとなく死をテーマにした作品が多いようなイメージを持っていましたが、必ずしもそればかりではないと気づかされました。

確かに、晩年の大作に死を扱った傑作があるようですが、本来的には、光を描くことに精魂を傾けた人であると知りました。

物事を一面的に捉えてはいけないと思いました。


また、N響アワーでは手塚治虫の特集をやっていました。

手塚治虫と音楽とのかかわりの深さはこれまでも良く知っていましたが、それを改めて再確認することができました。

手塚治虫は、森羅万象を自己の作品に込めようとした人だと思います。

この姿勢は、交響曲は世界だといったマーラーに通じるものだと思います。

ところが、手塚治虫がマーラーを聴いていたかどうかはわからないのですよね。

誰か知っている人はいないでしょうか。

それにしても、手塚治虫が最後に聴いた音楽と思われるのが、ルネ・レイボヴィッツ指揮のベートーヴェンの交響曲第8番だったなんて、感心するやら意外に思うやらで、複雑な心境です。

そのレイボヴィッツの演奏を聴いてみたいという気がすごくしてきました。