長崎市の鍛冶屋町に、清水寺という有名なお寺があります。
子授け、安産で有名で、清水さんとして長崎市民に親しまれています。
本尊は千手千眼観世音菩薩です。
ところで、意外と知られていないことですが、清水寺には象頭人身の神、歓喜天(かんぎてん)、またの名を聖天(しょうでん)が祭られています。
本堂に登る石段の途中に門があり、そこをくぐって駐車場に行く途中に聖天堂という小さな建物があります。そこに聖天さんが祭られているのです。
ここの聖天さんは、大浦慶が熱心に信仰したということで知られてはいるのですが、現在では参拝する人もいない状態で、聖天の供養も行われていないようです。ただ賽銭箱だけは一応あるのですが。
信仰する人がいなくなったこと、そしておそらくは聖天の供養をする行者がいなくなったことによるのでしょう。
聖天の供養は作法、様式が非常に厳しいので、日本全国でも聖天の供養をしているところは浅草の待乳山などごく限られた寺院しかないようです。
由緒ある清水寺の聖天さんも今や忘れ去られて誰も参拝する人がいないよう見受けられます。
私を除いては。
実は、私は長崎にいたときは、こっそりと清水寺の聖天さんにお参りをしていたのです。
歓喜天に関心があったので、清水寺で聖天を祭っていると聞いて小躍りして喜んで、こっそりと参拝を始めました。
ご利益はありましたかですって?
ありました。それも極めて強力でした。
願い事があったら、清水寺の聖天さんにお願いをしたら、ことごとく願いはかないました。
元々歓喜天のご利益は強力であることが知られていますが、おそらくは他に参拝をする人がいないので、聖天さんは私専属の神様だったものと思われます。聖天様を独り占めしていたのです。
一番最近の例を挙げると、広島への引越しが近づいた頃、猫のミーちゃんが慢性腎不全で死にかけていましたが、清水寺の聖天様に「どうか、ミーちゃんと一緒に無事広島に帰らせてください」とお願いをしたら、ミーちゃんの容態が持ち直して、無事広島にミーちゃんを連れ帰ることができました。
もっとも、何から何まで神頼みをしているわけではありません。例えば、試験に合格させてくださいとは頼みません。これは、私が努力すべきことで神頼みにそぐわない事だからです。また、選挙に当選させてくださいとも頼んでいません。これもまた、支援者が努力するべきことと、科学的社会主義と神頼みとはなじまないと思ったからです。(もっとも、こんな最悪の結果になって、神頼みしていればよかったのかなと少しは考えたりもしますが。)
神頼みをするのは、人間の努力ではどうにもならないことに限定をするように心がけています。
また、ごく親しい人だけに、この清水寺の聖天さんのことを教えてあげました。
私の女友達の一人に熱烈な福山雅治のファンがいますが、ここにお願いをして、コンサートの抽選に当たって喜んでもらったこともあります。
さて、これまで秘密にしていた清水寺の聖天さんのことをなぜ今ここで公開しようとするのか。
その理由は、私が長崎を去った後、誰も参拝する人がいなくなると思ったからです。
これまでお世話になった聖天さんに参拝をする人が現れて欲しいと思ったからです。
今なら清水寺の聖天さんも暇でしょうから、願い事を良く聞いてくださると思います。
本音を言うと、参拝する人が増えて、再び聖天の供養をするようになればいいなと思っています。
だまされたと思って、清水寺の聖天さんに参拝をしてみてはいかがでしょうか?
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