最近気になっている事件があります。それは訴訟事件です。


成年被後見人である原告が、成年被後見人には選挙権がないことを不当として提訴した訴訟事件です。




事理弁識能力を欠く状態にある者については、本人、配偶者、四親等以内の親族等の請求により家庭裁判所は後見開始の審判をすることができ、審判を得るとそのものは成年被後見人となり成年後見人を付することとなります。類似の制度としては事理弁識能力が著しく不十分な者については同じく家庭三番所の審判を得て被補佐人となり補佐人が付され、また事理弁識能力が不十分な者については家庭裁判所の審判を得て被補助人となり補助人が付されます。これは、事理弁識能力の低下の程度による違いです。


いずれにせよ、当人の財産保護のための制度です。


従来の禁治産者、準禁治産者の制度が利用しにくい制度であったため、法改正によりこの制度が作られました。




ここで問題になるのは、成年被後見人となったものは選挙権を喪失するということです。


事理弁識能力を欠く状態だから選挙などの高度な判断をする能力がないという趣旨でしょう。


確かに、事理弁識能力を欠くものに選挙権があっては問題とする場合もあるでしょう。


私は知人から次のような話を聞いたことがあります。


父親が認知症気味で一人暮らしでした。


ある日父のもとを訪ねると、見知らぬ人が家の中にいました。


誰かと尋ねると、「親戚」と答えました。


そんな親戚はいないというと、「友達」と言い直しました。


今から父を連れてどこに行くかと聞くと選挙に行くとのことでした。


そこで、父にどこに投票するのかと聞くと、「公明党」でした。


おそらくは創価学会員が認知症の父親を言葉巧みに公明党に投票させるよう誘導していたのでしょう。


こんなこともありますので、健全な民主制の維持のため本当に事理弁識能力を欠いている人から投票権をはく奪するのもやむ終えないとも思います。


しかし、今回の訴訟の原告の状況を見ますと、成人をしてからは成年後見の審判を受けるまでは、選挙に関心を持ちずっと投票に行き、どこの党の党首がだれだとかそういった状況はよくわかっていたようです。


当人としては、きちんと自分の判断で選挙の投票を行っていたと思われます。


ただ知的障害があることから、当人保護のため成年後見制度を利用したところ、選挙権が剥奪されてしまったということです。


成年後見制度の趣旨を考えてみると、禁治産者制度と比べれば本人の自己決定について配慮はされているもののまだ不十分ではないかと思います。


当人の自己決定よりも、財産保護のほうに趣旨が傾きすぎているように思います。




また、私が知人の精神病、アルコール依存症、認知症を専門にするケースワーカーの人に聞いた話ですが、成人後見制度は手続き上の制限が多すぎて利用しにくいとのことでした。また、成人後見制度よりも一段階軽い保佐人制度では、逆に本人保護について不十分なこともあるとのことでした。




そこで、提案です。成人後見人制度と、補佐人制度との中間の制度を新設してはいかがでしょうか?成人後見人制度の強力な本人保護を図りながらも、当人の自己決定権の発露たる選挙権のはく奪を行わないという制度です。


先ほど申し上げた私の知人のケースでは選挙権を停止してもやむ終えないのですが、今回の提訴のケースでは選挙権をはく奪することは酷であると思います。




司法がどのような判断をするにせよ、これは立法で解決するべきではないかと思います。


現在の成年後見人制度は、まだ当人(およびその相続人の)財産の保護に価値観が傾きすぎていると思います。禁治産者制度よりはずいぶん進歩しているのですが、もう一歩本人の自己決定権に配慮する必要があると思います。


それが、憲法13条の趣旨、個人の尊重ということに合致すると思います。




追記


後日、考えを修正しました。


成年被後見人の選挙権。考えが変わりました。