
むかしこの「琴線にふれる」のことを、
「ことせんにふれる」と読んでいました。
「きんせんにふれる」という響きを聞いたときは、
なんて美しい言葉だろうと、
この言葉自体が私の琴線にふれたような気がしました。
琴線にふれる、とは。
心の奥深くにある、物事に感動・共鳴しやすい感情を琴の糸にたとえていった語。
とあります。
人の心の琴線はそれぞれ違うもので、
思いがけないときに、触れられた感を受ける事があります。
実家の横浜駅の近くに出来た、
「スパ イアス」ということころに1度家族に連れて行ってもらって、
あまりにも気に入って、また行ってみました。
そのスパはそれこそ、18禁のスパで大人しかいない、
大人の女な感じのスパなのですが(男性も入れます)
何がこんなに心躍らせるんだろうと思って、2回目ようく観察をしてみたら、
スパを構成している壁、床すべてがモザイクというのでしょうか、
ほとんどが小さな石を並べて作っていて、
その石の配色や光沢、それがたまらなく私の心の琴線に触れるのです。
懐かしい様な、嬉しい様な、何とも心が解放される色と質感で、
表現するならば、人魚姫を実写版で映画にした場合の海底の建築物のようなものでしょうか。
微炭酸温泉につかって、そのまま首を前に倒し、顔を湯船につけていると、
海に還った様な気持ちになります。
やはり、私の前世は大きな海に住むウミガメなんだろうなと、
それをじわじわ感じる、いえ、思い出すせいもあって、
なぜだかここは琴線に触れる場所と感じるのでしょう。