
友達からメールが来ました。
発見した事があると。
自分が人のために何かをやってあげても、
相手は自分が思っているほど何も求めていない、ということ。
自分の感覚で気付くことが出来るのは、
何よりの勉強だから、良かったなと心から思います。
私は日頃から沢山の人にそう伝えているつもりなんだけれど、
真意はなかなか伝わらないのです。
情が厚い人であればある程、
心優しい人であればある程、
きっと「人のため」と思って
自分の多くの時間と労力を費やしてしまいます。
でも最も人のためになるのは、
その人自身が自分のために何かすることだと思うのです。
私が私のために、
納得のいく結果を出して行けば、
私の周りの人を幸せにしていくことができます。
自分が納得いく、
自分が喜べる、
自分が責任をもてる、
そうゆう行動をすることが、
きっと周りの人をも幸せにしていくことに繋がるのでしょう。
人のため、と思っている時点で、
その責任の所在は相手に託してしまっているのです。
それに気付けばきっと、
正しい「人のため」に何かをすることができると思います。
「我」とはあってない様なものだという人もいます。
だから、我が、我がと主張をするための
「自分の責任」ということではなく、
例えば、柔軟に相手の意見に合わせたり、
我を通さず、自分の思いと違う選択をしたとしても、
それ自体を自分の責任においてすればいい、ということだと思うのです。
優柔不断であることさえも、
自分が納得の上にやっていれば、
きっと自分自身が不満にはなりません。
それで結果を導いてこそが、
「人のため」に繋がるのではないでしょうか?
周りをようく見渡せば、
良い意味で、
みんな自分のためにしか、動いていないのがわかります。