
学生なんかの頃、私は色々な「もしもグッズ」を荷物に忍ばせていた。
もしもグッズといっても、ドラえもんのようなすごい「もしも」のグッズはもっていない。
いわゆる普通の「備品」であるところの、
もしも誰かが怪我をしたら、
もしも誰かが頭が痛いといったら、
もしも・・・というときの、
ティッシュ、バンドエイド、薬、やらやら。
それは、人に「気が利く」と言われて重宝されると思って、
そうゆう計算の元に備えていたのだけれど、
その後いつの日にか私は、そのように「気が利く」ばかりがいいわけではないと思うようになっていた。
計算高く気が利くよりも、
計算高く気が利かない方が、結構魅力的な人がいるから。
ばっちり気が利くことをするばかりよりも、
普段少しずぼらで、その人がたまに見せる思いやりみたいなものって、
思いがけずキラキラ輝いて見えちゃったりするものかなと思うのです。
だから、計算高くはかっていても、
私はなるべくずぼらに、でも常に意識は人を気遣えるようにしたいなと思って
今はあまり「もしもグッズ」も持ち合わせなくなりました。
こう分析している時点で、私は結構計算高いのでしょうが。