2017.8.16
haruka nakamuraさんの新作が届いていた。
私はあまりCDを買わない。家にある大量のCDはほとんど夫のもの。その中に、私のコーナーがひっそりとある。音楽配信サービスが普及して、TSUTAYAに行くこともなくなり、CDを買わなくてもたいていの聴きたい曲が聴けるようになった。それでも手に取って、作品として側に置いておきたいと思う数少ない音楽家のひとりにharuka nakamuraさんがいる。
全国をまわり出会いと別れを繰り返しながら、即興的なライブを続けた旅の終焉を飾るアルバム、haruka nakamura PIANO ENSEMBLE “光”。
帰宅してすぐに包みを開け、丁寧な装丁にどきどきしながら蓋を開けると文字通りそこには光輝く金色の解説本があり、ページをめくるごとに明るい優しい灯火があった。
harukaさんの音楽を聴きながら解説を読んでいると、家のすぐ近くから打ち上げ花火の音がした。カーテンを開けると、向かいのビルの窓に花火が映っている。あまりに近かったので、音楽を止めて外に出た。霧のような雨が降っていて、傘を差して近くの橋まで歩いた。ここ数年この家に住んでいて、初めて見る花火大会だった。いつも帰省していたからかもしれない。台湾にいる夫に、花火が上がってるよと花火の動画付きのメッセージを送り、15分ほど眺めて部屋に戻った。
まだ大きな音が響いていた。またharukaさんの音楽をつけ、どこのお祭りなんだろうとインターネットで検索する。見つけたページに、送り火という言葉があった。
そうだ、今日は送り火の日だ。
部屋にharukaさんの“光”が流れる。harukaさんがNujabesさんを悼んで作った曲だった。訳も無く胸が熱くなって涙が出そうになった。
死んだ祖父は送り盆になると、庭で一人ちりちりとチラシを燃やしていた。その横で、私と妹は線香花火をした。母親は花火が好きで、毎年スーパーで花火セットを買ってきては家の前で花火をした。田舎なので隣家はない。たくさんの星と虫の音と、真っ暗な緑に囲まれて、花火をした。
私が小学生の頃は庭に蛍がいた。今年の夏、母親が一度だけ庭で蛍を見たらしい。
実家で過ごした夏をこんなに郷愁とともに思い出してしまうのは、もうすぐ実家がなくなろうとしているからだ。実家で過ごす夏は昨日までの帰省が最後だった。harukaさんの音楽を聴くと夏の実家の縁側が情景として浮かぶ。“ベランダにて” や “夕べの祈り” は特にそうだ。
実家も庭も壊されて、そこに新しい道路ができても、harukaさんの音楽を聴けばまた実家の縁側に座っていられるような気がする。
最近はInstagramの更新のみでしたが、



