スペイン・アラブ・アメリカ、音楽と踊りで旅をする」と題し、ジプシーの旅を再現した様な素晴らしい豪華なLIVEに出演して来ました!
https://www.facebook.com/events/638491529593785/私は2年振りにフラメンコのソロを踊らせて頂き、フラメンコアラベの群舞を名古屋のベリーダンサーChie CigdemとYuuに踊ってもらいました。
私がフラメンコをソロで踊るのには正直色んな葛藤がありました。
ソロを引退してしばらく踊ってない身ですので、こんなに沢山の素晴らしいダンサーが出演するLIVEで踊って良いのか?
股関節の事を考えてソロを辞めたのに、ここで無理をして大丈夫なのか?
しかも東京ではなく、大阪で。。
しかも練習時間はほぼ当日だけ。。
不安は沢山ありましたが、このLIVEではどうしてもマルティネーテ イ シギリージャを披露したいという気持ちから踊る事を決意しました!
—マルティネーテ イ シギリージャについて—
18世紀、スペインではカルロス3世の治世の間、ジプシーたちの多くが迫害を受け投獄された。保釈と交換に過酷な労働任務を課す圧力もかけられた。また迫害から逃げるため、山の中に身を隠すジプシーもいた。カンテ・フラメンコ発祥の歴史は東洋の伝承芸能を持つジプシーとスペイン各地に土着した芸能文化を持つ人々とが融合したところから涌き出ている。この時代、ジプシーたちが敵対する環境のなかで葛藤してきた背景と、同じような状況にあったユダヤ人や飢えや処罰から逃げたカステジャーノ人たちとの文化の混ざり合いもフラメンコを生み出している要素となっている。ジプシーたちは苦しみの悲痛な叫びを、隠れた場所で歌った。このあまりにも多くの感情を表現する歌の深さのため、伴奏を必要としなかった。この歌がトナの源流であり、そしてマルティネーテが生まれた。伝承的に鍛冶屋がマルティネーテの誕生の場であるとされているのは、当時、鍛冶がジプシーの主な仕事であり、無伴奏ではあるがユンケと呼ばれる鍛冶の金床によるリズムで歌われていることにある。本来コンパスの無い自由なこの歌は、嘆き悲しむ節回しを発展させた。(説明はイベリアさんのサイトから拝借させて頂きました。http://iberia-j.com/guia/maratinete.php)
上に説明した様にマルティネーテ イ シギリージャはフラメンコ/ジプシーを語る上で欠かせない曲種。
このLIVEの内容や出演者陣を考えたら、どうしても入れたい曲ですよね?
そして、一番の理由は。。
アラブバイオリンの及川 景子さんの伴奏で、須田 隆久(私の旦那ですが)にこの曲を歌って貰い、踊ってみたかった!
これが私が踊りたかった理由でした。
最近色んなLIVEに引き摺り込んで、色々とコラボして頂いてる関係で、景子さんのフラメンコ熱も上がっている様で。。(笑)
隆さんとのコラボが凄く良いんです~!!
フラメンコの歌をギターではなく、アラブ音階のバイオリンで伴奏してもらう。
それが凄く心地よいのです♫
それは、トルコに旅行に入った際、町中に響き渡るアザーンに合わせてフラメンコを口ずさむ隆さんの歌を聴いた時のあの感覚と同じでした。
そして、そのもっと前にはフラメンコ留学中に旅したモロッコでの体験や感覚などにも通じていて、フラメンコアラベを創りたいと思った原風景でもあります。
「あ~、なんて居心地の良さ!
フラメンコはやはりイスラム教が深く関わってるのだな~」
イスラム教やキリスト教が共存してた平和な時代。
その感覚を追い求め、今回の演目に行き着きました。
自分への反省点は尽きませんが、景子さんのアラブバイオリンと隆さんのカンテソロを聴いて頂いた方には、私の描く世界観を感じて頂けたのではないでしょうか?
ブログランキングに参加しております。良かったらクリックして下さい♫
にほんブログ村






