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先日 古着屋で手に入れた男物の羽織。
なんと骸骨が浮かれた風情で三味線弾いたり、踊ったり(?)してる!
その真中には浮世絵の美しい女性が描かれてます。
胸がはだけ、艶っぽく、日本髪に沢山の簪が刺さってるので、花魁か芸者さんの写し絵でしょうか?
そして、書かれてる文字が。。
日本語なのに全く解読不明。。(汗)
意味どころか、書いてある文字が漢字なのか、ひらがななのかも分らない所がほとんど。。
誰、世はなんとか分りますが。。
日本人として恥ずかしくなります。
Facebookで問いかけた所、答えて下さった方が。。
そのお方によると。。
「誰(た)處(そ)や堂(た)曽(そ)
多(た)れ可(か)ハ(は)今日の
妻な羅(ら)め
佐(さ)多(た)奴(め)な起(き)世
定めなの身や
↓
(読みやすくすると)
誰そや誰そ
誰れかは今日の
妻ならめ
定めなき世
定めなの身や」
と読めるとの事。
なんと平仮名だと思った所も漢字だったなんて。
そのお方、太田公士さんのコメントによると
「遊女か花魁の身が定めない様子を儚んで歌ったものかと思われます。
この世の無常を歌っているので、背後に骸骨があるのではないでしょうか。」
との事、そしてこの文字でググってみると、懐月堂安度という江戸時代前期の浮世絵師が描いた絵にこの歌が記されてました。
「花魁と御供」 安度筆。元禄13年-享保5年(1700 - 1720年)頃の作。画面上部には「誰そやたそ たれかは今日の 妻ならめ さだめなき世に 定めなの身や」という歌を記す。
「誰そや(たそや)」というのは遊郭で灯される「誰そや行灯」の略称です。ぼんやりした明かりなので、誰かが分からないので「誰そや」=「誰でしょう?」という意味になります。この言葉で、場面が遊郭であることがわかります。
間違っているかも知れませんが現代語訳すると、
「“誰そや行灯”の側にいるのは誰でしょうか?
誰かはわからないけれど、(間夫[まぶ]ではない人に身請けされて)今日、妻になっていくかも知れない。
ああなんと定めない世の、定めない身の上でしょうか・・・」
ぐらいのことではないかと思います。
「たそや・たそ」で韻を踏んでいるんですね。また、この発句は「たそがれ」にもつながるようにも思います。
夕暮れ時は黄昏(たそがれ)と言いますが、その語源は「誰そ彼(たれそかれ=たそかれ=たそがれ)」から来ています。薄明かりなので、誰なのかが判別出来ないという事で、誰そや行灯と同じです。
男物の羽織裏というのは面白いですね。遊び人の粋だと思います。
前に少し変体仮名を勉強しましたが、多少読める程度です。歌舞伎や文楽の台本、浮世絵や軸の讃、往来物などを読みたくてね(笑)。昔の粋人は、漢籍の素養もあり、また芸事や遊び事も品良く深めるのが普通だったのですから、大変なものだと思いますねぇ。」
太田さん、素晴らしい!!
なんて博識なんでしょう‼︎
そして、言葉の響きや意味から、また別の言葉や更に裏に持たせる意味があったり。。
粋で、艶っぽくて、遊び心があって。。
日本語ってなんて奥が深いのでしょうか‼︎
心に響きました~(≧∇≦)
太田さん、素晴らしい!!
なんて博識なんでしょう‼︎
そして、言葉の響きや意味から、また別の言葉や更に裏に持たせる意味があったり。。
粋で、艶っぽくて、遊び心があって。。
日本語ってなんて奥が深いのでしょうか‼︎
心に響きました~(≧∇≦)





