
佐村河内守
交響曲第1番「HIROSHIMA」
東京交響楽団
指揮:大友直人
録音:2011年4月 パルテノン多摩
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以下は佐村河内氏のお言葉を引用させていただきました。

「長い苦しみと、そこから脱したいという祈りとの戦いの音楽です。ベートーヴェンの「運命」やマーラー作「復活」は完全な勝利で終わりますが、この曲は勝利で終わりません。暗い闇の中にいて、これから先も闇は続くかもしれないけど、最後まであきらめず、「希望」「祈り」が勝つことを信じていこうという願いを表しています。
自伝的作品とよく言われますが、皆、同じだと思うんですね。私は苦しみのことを「闇」と表現するのですが、「闇」とは、人によっては病気であったり、家庭内の問題であったり、人間関係のトラブルであったり…
人間はたくさんの闇を抱えているけど、その闇は本人にしか分からない。
だから作品では、原爆の苦しみとか自分の生きざまに照らし合わせるのではなく、普遍的な苦しみを表現しました。
「闇」が深ければ深いほど小さな光がすごく輝いて見える。それが一番言いたいことです。ブッダも人生は苦であると言われたけれど、闇が基本になっていれば、当たり前のこと、たわいのない日常が尊いものに感じられると思うんです。
これは八十分の超大作なのですが、七十五分間は「闇」です。怖れも表しています。でもどうか最後の五分まで、小さな光が感じられるまで聴いていただきたいと思っています。」
「やくしん」2011年10月号(佼成出版社)より
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今日は、終戦記念日です。
各地で戦没者の追悼集会が開かれたことでしょう。
私は、広島の被爆二世である佐村河内守の交響曲第1番「HIROSHIMA」(2003)を自宅にて聴きました。
75分ほどを要する全体は3つの楽章で構成されており、作曲者自身のコメントによれば、第1楽章が「運命」、第2楽章が「絶望」、第3楽章が「希望」とされています。
この曲を私は様々なことを考えながら聴きました。
1つは戦争についてです。
67回目の終戦記念日となり、戦争経験者も少なくなり、戦争も過去の歴史の1ページへとなってきています。
私は小さい頃、祖母に聞いた空襲の話を今だに忘れていません。
戦争当日、小学校1年生だった祖母は空襲に遭い、とても辛い経験をされたそうです。
祖母の父は正義感の強い方だったそうで、空襲の消防活動を行っていたときに亡くなったそうです。
そんな話を聞いた私は、戦争の恐ろしさというものを感じました。
国のため、愛する人のために犠牲になった戦没者に追悼の意を表すとともに、人種や国境の壁を越えて、人々が手をとりあえる日がくることを祈りました。
また、1つは、亡くなった祖父、中学時代の友達への追悼の気持ちをこめてです。
高校に入学する数日前に病気で亡くなった友の分も一生懸命生きようと心に誓った日のことを思いかえしました。
そして、自分自身に「闇が深ければ深いほど、小さな光が輝いて見える」という言葉を贈りました。
全ての人に小さな幸せが訪れることを祈り、この文章を終わらせていただきます。