今の感情を忘れないように、ブログにおさめる。

来年からスクールに通います。

いままで買ったこともないような値段だったので、震えるほど迷いましたが、

今となっては購入しなかったときの(変わるための決断をしなかった)自分を想像すると震えます。

物事を肯定するのも、否定するのも、結局は自分自身。

怪しいなと思うものも、経験も、「そこから得られるものはなんだろう?」と考えることにより見える世界は変わってゆく。

自分たちの商品を買ったお客さんも一緒だ。

懐疑的なものを受け入れていることに気がついたときの、この感情は知らなかった。

自分が購入をする側になって初めて知るこの感情。

この感情めっちゃ大事だ。

鬼になれ。

と、一番嫌いな上司に言われた。

いい人はやめて鬼になれ。

その可能性があるってさ。

鬼になる  とは
「個性を押し出し、周りから嫌われる。しかし、結果は出す―。あなたの眠れる“鬼”を呼び覚まし、成功をつかむ。」

過去の自分を捨てること。変化すること。

それはとても怖いことだけど、いまの自分に求められていることとも思った。
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iPhone7に、一週間前くらいにしました。

突然、2時間ぐらいフリーズしてたから焦った(汗

Apple Storeいったら、強制終了の仕方が違うんだって。

直ってよかったー。

明日は、またイギリス人のおばあちゃんが我が家に来るから、早く寝て、早起きして、掃除しないと。

最近身につけるべき能力は、習慣化、当たり前化!

これってかなり深い。
要は、目標を達成することを当たり前化するマインドを身につけると、要は習慣化だから楽になるんだって。

朝早起きすることも、なれない自分は難しいけど、習慣化してる人は当たり前のこと。苦労なんかしない。

目標達成もそれと同じ構図のようだ。違うかも?
違う場合は、違うか。って言えばOK。そこで拒絶はされない。


さて、いきなりバーって思ったこと書きました。

ブログ久しぶり。

んー、なんかブログって綺麗な言葉で書かなきゃいけないんだって思ってた時期もあったけど、
思ったことをテキトーに赤裸々に書くのもありなんじゃないかと今思った。
その方がより自分の言葉の声に近い。

これは、人に見せるものではないから、そのスタイルでまたいこうと思う。

ちなみに書きながら文章を声に出して読みながら、書いている笑。  笑は、「わら」な。


なぜ、書き始めたかと言うと、やっぱブログっていいなって思った。ブログというか日記でもいいんだけど、なんだかんだ2009年の年末から書いてるから、7年間頻度の差はあれど継続中。


いまは、自分の中で大きな心境の変化がある。
心が竜巻のようにグルグルしている。

大学の部活をやってた時期のブログ読み返してみた。
すごく純粋だな、自分。と感じた。

すげーくだらない文章で、悪口やなにかのせいにしてて、生活リズムもグダグダで、いまの幼いなと思う大学生が書いている文章をやっぱり自分も書いてた笑

でも、勝ち続けている4年の秋の内容は読んでて涙出てきた。

昔の自分の気持ちを思い出した。


いつの時期も、そのときの自分めっちゃ輝いてるわ!ってなかなか思えることは少ないけど、昔の自分は、当時の自分なりに一生懸命やってたのかもしれない。

昔の自分が今の自分をみたら、ちょっとがっかりしてそう。

情けないな。  だいたい情けないなと思ってるときにブログ書くんだけどね笑

ここ数ヶ月は仕事への情熱が薄いな。


大学の友達にちょっと愚痴っちゃったから、
「お前、大丈夫か?」って言われた。

でも、俺は「お前らこそ大丈夫か!?」って問いたい。もちろん自分にも。

「なんでその仕事やってるんだ?」
「本当にそれでいいのか?」
問いたい。

来年から、また新しい環境になると思う。

思ったことを思ったまま、またブログちょくちょく更新します。
「怒らない技術」の書籍で有名な、
嶋津良智先生と一緒に仕事をすることが多い。

今日は夜の懇親会で、
人生の意味について、一緒にお話しする機会があった。

特に印象に残っていること。

先生が仕事をする意味とは、
「この世のモノは全て、なにかを成し遂げた人たちの成果物でできている。だから自分もなにかを成し遂げなければならない」

与えられているからこそ、与えないといけない。

それが仕事をする意味であり、人生の、生きる意味でもある。


そして、
仕事をするにおいて、目指すものは結果、目に見える成果である。

ただし、結果そのものから学ぶものはない。

本当にかけがえのないものは、結果へのプロセス。

富士山に登りたいと思ったら、ヘリコプターで頂上まで行っちゃえば絶景が見えるでしょう。

ただし、1合目から必死に登りきって、やっと見えた絶景。

かけがえのない美しさはどっちだと思いますか。


人生の意味のひとつは、

「当たり前にある日常、ものごとを心から感謝できること」

同じ青い空でも、見る人によってその捉え方は様々。

一番好きな映画「ゼログラビティ」の一番好きなワンシーン

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主演のサンドラブロックは、娘を失い、船員を失い、燃料が尽き果て、一度は死を覚悟した無重力の世界の中で、なんとか地球に生還します。

そして、重力のある地の砂をつかんで言った
「Thank you」の言葉。

これまで生きてきて、重力に感謝したことなんて一度もありません。

プロセスを経験してきた人間だからこそ感じることのできる価値。


たぶん、というか絶対、同じ映画でも
たまたま映画館で観る人のゼログラビティと、実際に宇宙にいったことのある人が観たゼログラビティの、感じ方は圧倒的に違う。

それを知れるのが、またひとつの人生の意味。

そのために大事なことは、
宇宙にいくこと。行くための努力をすること。

です!

やっております。あと2日頑張ります。


1,2日目は梅干しと、少しの果物を摂取し、

今日は塩だけの生活。


もうお腹が減りすぎて、

終始、ダルさと、気持ち悪さと、眠気の

混沌とした脳内。

夢で飯を食ってしまって、

罪悪感で目覚めました(笑)


いいことあんのかな?これ


そもそも、人間も動物だから、冬眠モードに入って、

それが終わると身体中の細胞が活性化して覚醒するらしい。


それを体験してみたいな、というだけの目的でやっています!

でも、やってみないと一生知ることはできないしね。

あと、一日がんばって、金曜日から回復食を摂取します。


ご飯食べたら美味しすぎて泣くんじゃないでしょうか(笑)

感謝ですね、何事も。


さて、ここから、人生単位の意識高い系に発展していきますが、


人生のひとつのゴールは、当たり前の日常に感謝ができることであるのではないでしょうか。

同じご飯でも、スマホをいじりながら食べるのと、

一口を噛みしめて、「うんめぇ~~!!!」って叫びながら食べるのと、

みんなでワイワイ楽しみながら幸せだな~と心で思いながら食べるのでは、

同じご飯でも全然大違いです。


同じ景色でも、いつもと変わらない日常でも、

感じ方によっては、ひとそれぞれ全く違うものになると思います。


その感じ方を磨くのが、ひとつの生きる意味ではないでしょうか。


自分はこれまで、何不自由なく生きてきたから、

誰にも負けない動機とか、絶望した経験とかはありません。


いい意味で幸せを与えられたんだと思います。

でも、それは自分で掴んだ幸せではないです。


そして、自分で幸せを掴んだ人は、

その幸せを人に与えられるのかもしれない。

ここに関しては、自分にとっては未知の世界だし、

自発的な意識はまだまだもてておりません。


毎日のタスクに謀殺されると、忘れてしまう、

思い出すこともままならないから。


たまに、普段と違うこと(断食とか)をして

そういったことに意味を無理やり見出して、

思い出すような、自分自身と向き合うような

機会をたまに、定期的にもたないといけないのかもしれない。


いいなと思ったことは伝える

ご飯がうまかったら「うまい!」と言う


そんなことをまた思い出す機会にしたいです。

次、飯が食えるのがめっちゃ楽しみ!!!!

何食べようかな。

やっぱりステーキか、らーめんか、タンメンかな!